【惜別】185系が定期運用を終了するので乗り納めてきた話する
2021年3月8日、首都圏を走る国鉄型車両の最古参である185系が、いよいよ定期運用を終了する。
振り返ると僕は、2018年の時点から来るべき185系の引退を考慮していた。すでに特急草津・水上の185系運用は終了していて、それより前に何度か上越線方面の185系に乗れたのは幸運だった。僕は特急水上に乗って谷川岳登山に挑戦したことをよく覚えている。
今や185系の運用は踊り子号のみとなってしまった。その後の僕は、ダイヤ改正の度に185系が運用を離脱することを懸念し、踊り子号で行くことのできる各地へと旅をした。修善寺には2回行ったし、伊東にも熱海にも小田原にも行った。改めて今ここに185系引退迫ろうとも、僕はこれまで数多く185系に乗り、撮り、そしてそれ以上に日常生活の中でそれを見送ってきたのだ。それだからこそ、今になって取り乱すことはない。
僕は葬式鉄というのが嫌いだ。彼らはその車両の最終運行に合わせて群がり、我先にと最後の写真を取りたがり、人目も憚らず大声でありがとうと声をかけたり、あるいは罵声を浴びせたりもする。彼らは鉄道が公共インフラであることを忘れており、そこに居合わせる他人にも、あるいはその同士たる撮り鉄どもにも敬意や思いやりを持つことがない。実際のところ、その車両はこれまでもその駅を発着していたので、撮影するタイミングはあったはずだ。にもかかわらず最終日にこれだけの葬式鉄が集まるのは、おそらくその写真を取れるのが「最後であること」自体に意味があるに違いない。そんなに大事ならば撮るだけでなく、僕のように乗車してやればよかったものを。
まぁそんなことを考えつつ、ただ少しだけ、今回の乗車には惜別の念がこもる。何しろ僕は2020年3月のダイヤ改正で185系は運用を終了すると考えていたし、それに合わせて乗り納めを決行した。そしてその時、僕は185系に別れを告げていたのだ。そういう意味では今回の乗車は、ある意味アンコールのようなものである。アンコールとはつまり、これが終わったらいよいよ本当の終幕ということである。
乗るには目的地が必要だ。僕は小田原・箱根、伊東、熱海の3ヶ所に絞り、乗車時間と泉質を考慮して熱海に行くことにした。東京発熱海まで、東京駅9時00分発の特急踊り子3号が、僕にとっての185系乗り納めとなるのだ。
尾久の車両基地から185系が入線してくる。ギリギリで被らずに済んだ。東京駅のホームだと、15両編成の場合はどうしても後ろが見切れてしまう。
僕はMT54電動機の走行音を楽しむべく、モハ車の指定席券を購入していた。A1編成に含まれるモハ185−2は、185系のトップナンバーに近い。
プシューという音とともに自動ドアが開閉すると、特急型車両特有の、あのなんともいえぬ懐かしい香りに心が静まる。僕は未だにこの匂いが何なのか理解しかねているが、おそらく消毒剤とか内装の素材そのものから発せられているようだ。この匂いはいつまで経っても変わらなくそこにある。僕にとってはこれが「昭和の香り」の1つである。
かれこれ40年も走行していると、それなりに傷みも出てくるようだ。席に座ると、例えばテーブルは変色が進んで黄色みがかっている。どうもこの変色はタバコによるものである気もするが、これは185系の40年間の歴史の積み重ねでもある。
それは窓枠にも表れている。185系は特急型車両としては珍しく窓の開閉ができるが、その窓枠のシーリングは劣化しており、鋼鉄製の車体に塗装された白色の部分には錆が浮いている。サッシ部分にも40年間の汚れが沈着している。
洗面所はひび割れておりテープで修復された跡が残るが、そのテープすら黄色く変色してしまっているのが趣深い。
ゴミ箱には「たばこのすいがらは入れないでください」とある。タバコが車内で据えた時代の名残だ。
いつ聞いても、MT54電動機の走行音は心地よい。しかしそれが車外にとんでもない騒音を撒き散らしていることも知っている。最新のVVVFインバータ制御車の走行音は本当に静かだ。時代はもう先へ進んだのだ。185系の役目は終わらなければいけないのだ。
185系登場時は、近郊型の113系、急行型の165系や特急型の183系、通勤型は103系が走っていた。今こうしてすれ違うのは、E231系、E233系、そして最新鋭のE235系である。185系は、かつての同期である113系や103系、後輩にあたる211系や205系、209系の引退をも見送ってきた。その間185系は伊豆特急の看板であり続けた。何しろ僕が子供の時から185系は走っていて、今こうして中年に差し掛かるまで走り続けたのだ。僕は語彙力を喪失してしまうが、すごいなと思う。
相模川橋梁などの撮影地では、やはりカメラを構えた鉄道ファンが集っている。国鉄型抵抗制御車両の最後の勇姿をカメラに納めようというのだ。やはり185系はどうも愛されているようだ。
小田原駅に近づくと富士山が見えてくる。
小田原駅をすぎると、太平洋の眺望が広がる。この景色は、185系が引退し、また後継のE257系が引退する時期となっても、おそらくそのまま残り続ける。諸行無常の儚さと、千古不易の泰然さの対比が趣深い。しかし今、185系の窓越しに見るこの景色は、今だけのものだ。
そんなことを考えながら、熱海までの1時間半ほどの乗車時間は、あっという間にすぎて行った。僕は熱海駅で、何本か185系を含む各車両の撮影を試みた。
10両編成の特急踊り子A8編成。
251系スーパービュー踊り子を置き換えた、最新鋭のプレミアムリゾート特急「サフィール踊り子」のE261系。伊豆の海の美しさを表現したという濃い青色が美しい。
伊豆急行と伊東線を走る元東急8000系電車。一見通勤電車だが、内装は海側がクロスシートに変更されている等、観光列車としての運用が意識されている。
これからの伊豆方面特急を担当するE259系。元は中央線特急かいじ、あずさで使用されていたが、E353系の投入によって転属となり、185系置き換えのために投入されている。
7両編成の特急踊り子OM09編成。
熱海駅ホームに残る185系乗車口のマーク。これからこのような185系の痕跡は、少しずつ姿を消していくだろう。そして踊り子号のピクトグラムも、いずれ後継のE259系にとって代わられることだろう。
これで首都圏からは、国鉄型の抵抗制御車両はすべて姿を消すことになる。185系は、今後少数が波動輸送や臨時列車として運用されることが想定されるが、順次長野へ回送されて廃車されていくのだろう。普通運用も特急運用もこなすマルチロール車両として登場し、伊豆特急の顔として、3つの時代を駆け抜けた名車両185系。どこかの鉄道博物館で所蔵され、いつかまた会えることを願っている。