非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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弱者男性とは誰なのか?定義を考えようぜ

弱者男性というのは、ツイッターなどではそれなりに認知度が高まったワードであるように思える。しかし僕が先日弱者男性スペースの所感エントリで記録したように、弱者男性の定義というのは、極めて主観的かつ議論の余地があるようだ。僕は弱者男性という立場から、弱者男性が誰なのか、考察してみたいと思う。

結論から言おう。過去にも未来にも恋愛する機会がなく、弱者男性を自認する全ての人間は、弱者男性である。

弱者男性の定義は定量化できない

僕は、弱者男性という定義は〇〇であり××であること、という二元論で語るべきではないことを痛感したのだ。それを僕が最も思い知ったのは、話題が弱者男性の定義に及んだ時だった。

junny-policies.hatenablog.com

スペースのスピーカーからは、弱者男性とは恋愛経験のない、年収300万円くらいの男性である、と提言があった。その瞬間僕は「年収が350万円ある男性は弱者男性ではなくなるのか?」と自問した。あるいは身長。身長が低いことは恐らく弱者男性の定義に合致するものだが、その基準を165cmとした場合、165cm以上の男は弱者男性ではないのか?

僕は逡巡し、弱者の定義に、定量的な基準を与えてはならないことを結論づけた。特に数字面における基準は、完全にそれ以上と以下で層が分断され、「あいつは年収400万円あるのに弱者男性を名乗っている。オレは300万円なのでオレが真の弱者男性である」とか「いやいやオレは年収240万円で身長160cmしかない」というような、弱者男性による逆オークションが発生してしまうのだ。

本来の弱者男性である層が、年収が数十万円違うことや身長が数cm高いだけで、弱者男性の枠組みから排除されてはいけない。また低身長、低収入、低スペックのAND条件をとっていくと、極めて小さな層でしか弱者男性は成立しなくなってしまう。

しかし実態はそうではなく、弱者男性はあらゆる属性に存在している。彼ら全てを弱者男性と認定するには、どのような定義が有効だろうか?

僕は僕の仲間たる弱者男性諸君が、お互いにお前は弱者男性ではなく恵まれているのだと憎しみ合うことを望まない。僕たち弱者男性は、弱者男性同士で緩〜く承認しあう必要がある。

弱者男性に定性的な定義を与えよう

しかして、弱者男性とは誰かを考察する以上、弱者男性とは誰であるかの基準は何かしら必要だ。

弱者男性には、恐らく身長や年収のような各パラメータはともかくとしても、共通していることがある。それは過去にも未来にも、恋愛経験がないことだ。これが弱者男性の根本であると言っていい。これを基軸に、弱者男性像を組み立てていこう。

そもそも僕はなぜ、結局恋愛に焦点を当てたのか。

例えば、彼は身長が170cmを超えているが、顔が悪く恋愛経験がないので、弱者男性である。

例えば、彼は年収は500万円あるが、身長が160cmしかなく顔も悪く恋愛経験がないので、弱者男性である。

このような彼らは全て、身長や年収や顔の造形に関わらず、弱者男性である

彼らは、理由や属性はどうあれ、現代社会において最も強力なエンパワーメントにして自他承認能力を持ち、さらに生物としての究極目的である「生殖と遺伝子の継承」の初期段階である「恋愛」にありつくことができない

そうだ。生物としての目的を果たせず苦しむ男性。これが弱者男性である。恋愛ができないこと。身長や体重や年収や顔の造形や居住地がどうであろうと、過去にも未来にも恋愛する機会のない全ての男性は、ただの弱者男性である。

junny-policies.hatenablog.com

ところで、過去に恋愛経験がないと言っても、デートくらいはしたことがあるとか、あるいは風俗でしか女と手を繋いだことがないという人もあるだろう。まあ非モテや弱者男性は、若い時分はそれなりに異性との関わりを志向することもあるので、それはまぁ許容されるだろう。ただ、正直僕は、昔のモテない男板よろしく、若い頃に女とデートしたとかいうリア充は爆発しろとか思う。一方で風俗行くだけの金があるとか弱者男性の風上にも置けない、という声も聞こえてくる。

僕は結論づけた。そんなことはどうでもいいことだ。現に彼らは僕たち非モテと同じように、自分の遺伝子を未来へ継承できていない。その時点で、全ては弱者男性である。何度もいうが、身長がどうとか過去の恋愛経験がどうとか、弱者男性は弱者男性同士で、弱者っぷりを競ってはならない。

反証するため、例外条件を考えてみよう。例えば年収1000万円を超える弱者男性は存在するか?

答えは「存在する」だが、無視できる誤差のようなものだ。年収1000万円もあるなら、周りが放っておかない。男でも女でも寄ってくるし、身も蓋もない事を言えば、その大台に到達するのは極めて有能かつ幸運な個体なので、その能力と運をもって、結果として女が番わないわけがないのだ。そしてそのことは、年収別の婚姻率のグラフを見ればわかる。年収が高ければ婚姻率は上がる。つまりはそういうことだ。

引用:年収、残業、職業と既婚率に関係あるの?(1/2 ページ) - ITmedia ビジネスオンライン

名誉弱者男性とは誰か

彼女はいたことがないのは当然のことで、彼女いない歴=享年であることを弱者男性の定義とすることは、おそらく反対する者はないだろう。しかし、人に人生ありで、今でこそ弱者男性に属するが、昔は短期間ながら彼女が1人だけいたが、とうの昔に別れているという場合もある。彼らをどう取り扱おうか。

僕はその彼女の数が1人を超えない限り、そしてその継続期間が数カ月程度であり、かつセックスに至っていない限り、彼らを名誉弱者男性として扱っていいと思う。1人くらいは誤差の範囲だ。重要なのは、過去の恋愛経験よりも、将来的な恋愛の可能性、そして遺伝子継承の期待値だ。

弱者男性は、このような乏しい恋愛経験の持ち主を名誉弱者男性として包含する。かつての喪男板のような、極めて排他的な非モテ原理主義へと先鋭化してしまうのは良くない。

自称弱者男性を排除する

過去に何人もの女と付き合ってきたが、誰一人うまくいかなかったので現在高齢独身であるというような自称弱者男性は、僕が一番嫌いな人種である。全くもって弱者男性ではないので、さっさとお引き取り願おう。

前提として、過去に恋愛経験があるという時点で、そいつは弱者男性ではない。こいつが女を取っ替え引っ替えしたから、僕たちに割り当てられるべきだった分がワリを食ったのだ。一方で高齢独身である以上、こいつは強者男性でもない・・・・・・・・わけだから、中途半端なコウモリ野郎として、強者男性に疎外され、弱者男性に石を投げつけられながら生きていくがいい。

同じ理由で、僕が冒頭のスペースで不快感を覚えたナンパ師諸君は、弱者男性ではない。弱者男性の界隈に乗り込んで自分のNoteを宣伝する低俗な人間性と、女を獲得していることに成功している時点で弱者男性ではない。本当にあいつら何しに弱者男性スペースに参加したんだろう。

そういうわけで、弱者男性とは、過去に恋愛経験がなく、未来にそれを期待できず、遺伝子の継承をしないまま死んでいく男性のことである。身長や体重や年収の基準で、諸君が枠組みから外れることはないので、ただただ自分の遺伝子の継承可能性や恋愛ができる機会の有無で、弱者男性を名乗るがいい

だから、何度もいうが、弱者男性界隈において、身長や年収や年齢は、全く比較対象にならない。あいつは背が高い、こいつは年収が高いとかの差はどうしても出てくるのだが、そこは本質ではないので見誤ってはいけない。こいつ年収高いのに弱者男性とかよっぽど性格が××なんじゃねぇの?くらいの理解で十分だ。

諸君らは僕と同じように、どうせ遺伝子を未来に継承できない負け組なのだ。負け組同士の勝ち負けに意味はない。それよりも自分の人生を生きよう。人生は短いのだ。

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