僕は人生で初めて、女性を好きになり、その人に引かれて、失恋してしまった。今回の件で、僕は一体何をどのように見誤ったのか。後学のために、そして僕のような恋愛弱者男性が同じ轍を踏まないように、事の顛末を語ろうと思う。
状況説明
僕と彼女は職場の先輩後輩の関係で、彼女は僕より10歳ほど年下だった。僕は職場のトレーナーとして仕事を教える立場だった。年齢にして一回りも年下の女性である。才媛という表現がよく似合う。僕は自分が惚れっぽいことを知っていたし、非モテであることも自覚していたから、配属されたばかりの彼女に初々しさを感じながらも、特別な感情を持たないように意識していた。
実際のところ、僕たちの先輩と後輩の関係性には、当初は全く問題なかった。僕は彼女が仕事に困ったところでいつでも相談に乗った。僕は先輩として、常にやるべきことをやっていた。それがトレーナーを任された僕の仕事だったからだ。僕は彼女が困っているところに手を貸してやり、客先打ち合わせに同席して営業交渉の手本を見せてやり、あるいは業務の立ち回りをこなすことができずに自信を失いそうになっている彼女を励ましてやったりもした。
関係性の発展
そんなサラリーマン生活が2年ほど続き、彼女からの業務のサポート後のチャット連絡は少しづつトーンが変わっていった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「いつもありがとうございます!」
「本当にいつもありがとうございます!」
「お忙しい中いつもサポートいただいて本当にありがとうございます!!☺」
「〇〇さんのようになれるように頑張ります!」
という感じで、業務連絡の範囲から、より感情的な要素を含む表現に変化していった。自席での会話も盛り上がるようになり、僕はいつも、困り顔で僕の席を訪れた彼女を笑顔で帰らせることに、高い満足感を得ていた。
この時点では僕は彼女に特別な感情は持っていなかったが、「慕われている」感を覚えていたので、非常に居心地が良かった。彼女の信頼に応えられるような男になりたいと思い、他の業務にも積極的になった。僕の業務パフォーマンスは上がり、彼女はうまく業務を回して業務経験を積んでいくことができたので、僕と彼女の関係は健全に発展しているように思えた。
また僕は、彼女の役に立てることで、僕自身が自分に自信を持てるようになるようになっていくのが、非常に嬉しかった。彼女は僕に、業務相談を通じて、これまで僕に足りていなかった「自信」をくれたのだ。その意味でこの関係性は非常に貴重なものだった。彼女が僕の指示通りに業務をこなし、それがうまくいくことで、僕の仕事の対応が間違っていなかったことを証明できたのだ。
蜜月期から初デートへ
僕たちの関係は(少なくとも僕の視点では)さらに発展した。契約を取れたならハイタッチするし、僕たちの会話は事務所であっても笑顔が絶えなかったし、顔を合わせるたびにお互いの容姿やヘアスタイル、ファッションを褒め合い、その度に嬉しさの感情を交換していた。距離感はますます近くなったように思えた。周りの人は多少迷惑しているであろうと思われるほどに。
彼女は業務メールの署名欄の書き方や名刺交換の方法など、別の誰かに聞けばいいようなことすら僕に聞くようになり、その瞬間は本当に幸せだった。僕は懐かれ慕われ、非常に気分のいい時間を過ごしていた。そして以下の発言をもって、後輩からの親愛(今となっては、どの程度までの親愛であったかは要考察。後述)の情を、僕は察知することとなった。それが以下のとおりである。
「一番信頼しています」
キュン。
「〇〇さんに褒められるのが一番嬉しいです」
はい。
「家族にも〇〇さんのこと自慢しているんです」
結局その笑顔に、僕は落ちた。僕は彼女の特別になったのだと思いこんだ。あれだけ警戒していたのに、こと職場だと言うのに。僕は懲りずに、また1人、女性を好きになってしまった。
そんな蜜月が続く中、僕は1つ、業務外の相談を受けた。それは「フットサルを教えてください」というものだった。周りにもフットサルをやっている人はあるだろうに、僕に教えてもらいたいというのだ。非常に嬉しい話だったが、「暇な日を連絡してくれ」と返し、その場では日付を決めなかった。僕は
何を気にしたかというと、お互いにプライベートの関わりを持つ意思が本当にあるのか、という点だ。お互い平日は忙しい身において、貴重な休日に会う約束をするというというのは、それなりに意味を持つと(恋愛弱者の僕にとっては)思われたのだ。
その後は特にこの話題が上がることはなく、つつがない日々を過ごしていたが、部署飲み会の席で近くに座った僕たちは、話の流れでいよいよその日程を決める。それは4月末に定められた。当日に備えて僕は行程を事前に確認し、練習場所の雰囲気や、ランチ場所として定めたカフェのメニューなどの情報収集を重ねた。
全ては彼女に、デートの日を楽しんでもらい、笑顔で帰ってもらうためだった。僕は常にアンテナを張っていて、会話の中で少しでも拒絶のサインを感じ取ったならば、いつでも退く覚悟すら持っていた。しかし事ここに至るまで、明確な拒絶は受け取らなかった。
つまり「この子はいける」。これが僕の過ちだったのだ。
結局、僕は何に失敗したのか?
当日、僕は待ち合わせ場所へと車を飛ばした。後輩は旅行先のお土産と、差し入れの缶コーヒーを抱えて僕を待っていた。フットサルの初体験は、後輩のセンスが良く、初めてにしては上首尾だった。多少のボディタッチやハイタッチはデートを通じてあったが、それはおそらく(マイナスだったかもしれないが)今回の失敗の決定打にはならなかった。続くカフェでも、食事の選択には概ね問題はなかったように思う。
好意を露わにし、距離を詰めすぎた
結論から言うと、おそらく今回僕が最も失敗したのは、距離の詰め方だっただろう。当日僕は、後輩を褒めに褒めた。フットサルのセンスが有ること、髪型やネイル、仕事の進め方や心構えなど。そして一緒にいて楽しいこと、週末に時間をもらって嬉しいことを、言葉の限り伝えた。会社で同じ発言をするとナンパしていると思われると思われるほどに、僕の好意は溢れていた。
数々の「脈アリ」サイン(=勘違い。後述)を元に、全面的にそれを受け取ってもらえると思いこんでしまっていたのだ。それを見ていた後輩は笑顔の裏で「うわぁ先輩必死すぎ・・・ちょっと思ってたのと違う」と引いてしまっていたのだ。副次的に、僕は僕の話ばかりをして、彼女が話すタイミングが少なくなってしまった。
その理由はシンプルで、後輩の表現する「親愛シグナル」を、僕が勘違いしたことによるものだ。僕は学生時代にも「よく目があって笑いかけてくれる」というだけで同級生を好きになる勘違いをしたことがあったから、とりわけ今回は慎重に判断したつもりだった。
にも関わらず、僕は失敗した。
それは後輩の「思わせぶり」だというのか?僕はそうは思っていない。僕が「落ちた」上述のような様々な言動は、思わせぶりにしては度が過ぎるというか、踏み込みすぎている。思わせぶりは様々な人間に対して平等に行うものだが、「一番」を何人もの男に言うことは憚られるに違いないのだ。
僕の予防線としては、全ての褒め言葉や承認は社交辞令で、「特別感」のある言葉が出てこない限り、それは信用してはならないものだった。果たしてそれは、上述の通り、「一番嬉しい」という表現で、後輩の口をついて出る事になった。しかしそれは、後から振り返ると、恋愛対象というわけではなく、尊敬する先輩を対象としたそれであった。
実際、僕の予防線の1つである「誰にでも言う社交辞令」判定は機能し、それを好意であると判定した。しかしその好意の種類を見極める精度が不足していた。
具体的には、僕には好意の種類を読み取る判定基準が不足していた。友人としての好意、である。しかし僕は、その基準がある事自体知らなかったから、好意は僕個人そのものに対するものと受け取った。また好意の度合いも僕の熱量と彼女のそれとではまるで異なっていた。彼女のほうがもっと穏やかな、友人としての好意だった。
そのことを考慮すると、僕の結論はこのようになっている。職場での言動やデート当日までのLINEの文面を見る限り、恋愛対象としては最初から「脈ナシ」だったが、友人としては「アリ」だったのだ。だから車で合流する場所として、より個人的な情報である自宅の住所までも教えてくれたに違いなかった。つまり彼女にとっては、当日はデートですらなかったし、拒絶的な対応がなかったのも、ただの友人を拒絶するわけがなかったからだ。
しかし彼女と仲良くなれたことで、僕が嬉しすぎて暴走し、全てを見誤り、「脈ナシ」にしてしまったのだ。実際はどうだったか、もう知る由もないのだが。
結局のところ、僕は女性から好意らしい好意を受け取ったのが人生で初めてで、完全に舞い上がってしまったのだ。よくよく考えたら美女と野獣、月とスッポンもいいところで、僕なんかが後輩に釣り合うわけもない。
ましてや僕は10歳も年上である。冷静に見るとそんなことはすぐに分かる。それは先輩に対しての親愛である、と。こういう失敗は、いつでも後になって、取り返しの付かないタイミングで気づくものだ。
初デート失敗の後始末
後輩を待ち合わせ場所まで送り届け、幸福感でふわふわした気分のまま帰宅しLINEを確認すると、「今度はみんなで行きたいです」という、典型的な2度目デートお断りの連絡をもらい、僕の久方ぶりの片思いはあっけなく終幕となった。
もう2人では会ってもらえないことを自覚した僕は、自身の当日の振る舞いを丁寧に謝罪し、今後も仕事上の関わりはあることを想定し、先輩としての立場をわきまえ、仕事を通じてサポートすることを約束した。
後輩からは「これからもよろしくお願いします」という旨の返信を受け取った。礼儀正しくて丁寧な後輩だ。もう僕からの連絡など対応したくもないだろうに、後輩という立場上無視もできないから、返信してくれたのだ。僕は最後の最後まで、後輩に負担をかけてしまった。僕はそのメッセージを確認すると、LINEから後輩のトークルームを非表示にした。
前日まで、後輩から見た僕は、「優しくて頼りになる先輩」だった。僕に多少なりとも興味を持ってくれていただろうに、プライベートで見せた僕の姿は「いきなり口説いてくる必死な先輩」に成り下がってしまった。
翌日から僕は、慕ってくれた後輩の期待値に応えられなかったこと、信頼を傷つけてしまったことに申し訳が立たず、酷い自己嫌悪を覚えた。業務の忙しさもあって、僕はその次の週から1週間ほど食欲を失い、ウイダーinゼリーを1日2つ食べるだけの生活となった。
仕事嫌いの僕が残業までして案件を色々対応した。暇になると後悔と自己嫌悪で潰されそうになってしまったからだ。この間に体重が2週間で3kgほど落ちた。
タッグを組んで提案中の案件が成功したらお祝いランチに行く約束をしていたのも、果たせない約束になった。あの蜜月はもう戻らないし、それだけ仲良くなれる人も将来に渡って現れないのだ。こうした千載一遇のチャンスをものにできず、さらに親交を深めることに失敗するあたり、やはり僕は恋愛弱者のままだった。
けれど僕は思う。僕は後輩を好きになれてよかったのだ。理由は2つある。1つは、初めて僕のことを認めてくれる女性が現れたこと。そしてこの僕にも「笑顔が見たい」「守りたい」というような父性があることを自覚できたこと。そして僕は、(形式上でも)僕の謝罪を受け入れ、翌週以降も多少ぎこちないながらも業務相談を持ちかけてきてくれた後輩に、僕は感謝してもしきれない。
今回の件は、多分もうしばらく引きずると思う。後輩の笑顔を間近で見ることが一生なくなったのは残念なことだ。デートなんて行かなければ良かったと思わないこともないが、その場合はどこか別のタイミングで2人の関係は壊れてしまったに違いない。もしかしたらそのほうがダメージ大きいかもしれない。
あるいは何かの理由で仲違いして修復できなくなるよりは、魅力あふれる女性とデートできたという素敵な思い出が僕の記憶に残った状態で恋破れるほうが、恋愛の終わり方として悪くない。
恋愛弱者の失恋は、いつも受け身であると思っていた。こうして少し仲良くなれたタイミングで失恋するのは、これはこれで非常にダメージが大きい。
それにしても、今回の件は、本当に後輩には申し訳ないことをした。今回の件は慕ってくれた大切な人を傷つけたという点で酷くトラウマになると思うし、それをもって僕が恋愛をすることはおそらく一生ないと思う。やはり僕には、恋愛なんて縁がなかった。