とある喪男の雑記ブログ

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日本も安楽死ができる社会になろう。オランダで「自殺機器」が話題

www.afpbb.com

死にたい人が死ねる社会へ

食べたい時に食べ、行きたい時に行きたい場所へ行き、見たいものを見て、話したい人と話し、寝たい時に寝る。そんなことができればとても幸せだ。

そして、生きたい時に生き、死にたい時に死ぬことができれば、それはおそらく、最も幸せなことである。特に自分の死に際をコントロールできるとすれば、それは全ての生きる人に希望を与えるものになりうると思う。

オランダの見本市で発表された、オーストリアの活動家フィリップ・チニキ氏と、オランダのデザイナーであるアレクサンダー・バニンク氏が発表した、安楽死ができるカプセル。これは長寿大国と言われる現代日本に生きる僕たちにとって、一つの救済となりうるかもしれない。

安楽死機器「サルコ」は極めて現代的だ

「サルコ」と名付けられたこのカプセルは、スイッチを押すと中が窒素で充満し、酸欠によって眠るように死に至る、という設計になっている。その設計自体はとても原始的であるが、注目するべきポイントは、これが3Dプリンタで作られていること、そして今後、設計図をオープンソースとして公開すると表明していることである。

オープンソースで公開するということは、そのソースコードをベースにその亜種が出回るということを意味しており、あるいはコンピュータOSであるLinuxみたく、様々なディストリビューションが優秀な開発者によって提供されていくような、そんなユートピアともディストピアともつかぬ世界が広がるような気がしてくる。

これは各国政府に大変難しい問題を問うている。すなわち、今後公開されるオープンソースへのアクセスを許せば、ただでさえ苦しんでいる国民の比率が多い国では自殺者が続出するし、これへのアクセスを遮断すれば、(有害情報から国民を守るという名目のもとに)都合の悪い情報は遮断する独裁的で中世的な政府であるとの誹りを免れないからだ。日本政府はどうするだろう。外面を気にするから、きっと直接的なアクセスの遮断はしないまでも、マスコミとかを使って「安楽死するなんてかっこ悪い、空気読めない」みたいなキャンペーンを展開し、「社会の目」によって安楽死の広まりを防止するかもしれない。

僕たちは死を受容するべきだ

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これからの日本では、孤独死や無縁仏の問題が一気に表面化する。

僕たちが死を恐れるのは、本能的なものに由来するところが大きいと思うが、実は理性的な部分もある。それは「死は苦しい、痛い」という未知のものに対しての予測と、「死んだら残された人に(死体処理的な意味で)迷惑がかかる」という殊勝な心がけである。僕たちがそう簡単に首を吊ったり電車に飛び込んだりしないのは、それによって僕たちが受ける苦痛と、僕の死体を処理する人に与える苦痛に対して自身がそれを受容する準備がないから、という理由で説明ができる。そしてこの「サルコ」は、そうした苦痛の部分を見事に払拭してくれる。言い換えれば、気軽に死にやすくなるということである。さらに「サルコ」の場合は、それがそのまま棺にさえなってしまうから、あとは棺を火葬場に持っていくだけで、僕という存在はこの世から綺麗さっぱり消えてなくなってしまうことができる。

僕は、死にたい時は誰だって死にたいし、頑張って生きる必要もないと思っている。だからもっと、死を受け入れてやるべきだ。生きることは死に向かって歩いていく旅のようなものであり、生きている限りいつかは死ななければならないのだ。どのように生きるのが良いかという生き方の議論があるならば、どのように死んだら良いのかという議論があって当然である。誰もが生きることのみに価値を置きすぎていて、いずれ死ぬという事実を見ようとしていないことを僕は指摘したい。

日本にも安楽死システムを導入しよう

これからの日本は、とても生きづらい社会になる。少子高齢化と産業の縮小で、国内の景気は衰退する一方、中国はおろか東南アジア諸国にも経済規模で下回り、社会保障維持による重税が待ち受けるか、異国への出稼ぎをする立場になるかもしれない。そんな希望の一遍も見えないような社会の中でも、果たして生き続けることを選択しなければならないのだろうか。

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もう生きていなくてもいいと考える人達が多く出てきても仕方ない。そんなディストピアみたいな国になってしまったなら、安楽死を専門に取り扱うベンチャーが出てきてもいいはずだ。例えば100万円で、「サルコ」に入る権利と、安楽死後の火葬処分までをワンストップで行うのだ。20歳以上の人ならどんな人でも、100万円と同意書があれば、安楽死を受けることができる。その同意書の真贋鑑定や、あるいは借金の有無などはどうやって考えたら良いだろう。借金は返してから死んでもらわないとトラブルになる。

日本医師会とかは嫌がるだろうな。彼らは社会保障費で稼いでいるようなものだから、社会保障なんていらないから死なせてくれ、と願う人々を止めるには、安楽死の制度自体を否定するしかない。

安楽死制度が整備されれば、「生きてみてダメだったら死ねばいいや」って、軽く考えられるようになる。これが結構重要で、こうやって逃げ道を準備しておけば、意外と追い込まれずに済むものである。安楽死制度は、生の重みを軽減し、すべての人が気楽に生きられる社会を実現できる有力な方法の1つだと僕は考える。

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