非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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墓も子供も残さない。ブログだけを残して人生を終えたい

中島みゆきの曲に「永久欠番」という曲がある。

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街は回っていく 人1人消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
100年前も100年後も
私がいないことでは同じ
同じことなのに 生きていたことが
帳消しになるかと思えば寂しい

永久欠番とは - コトバンク

僕が消える日には、世界が少しだけ今より悪くなっていることだと思う。そして僕は、僕が消えたあとも、この世界が何も変わらないことを知っている。

僕が消えたあとも、僕の後輩たる弱者男性たちが生涯独身の嘆きと怨嗟をインターネットにばらまき、そして僕のあとに続いて死んでいくだろう。そしてまた家族や子供を持つことのできた勝ち組男女は、その優秀な遺伝子をさらに洗練させて、将来世代へと継承していくだろう。

junny-policies.hatenablog.com

「末代までの恥だ!」
「僕が末代だが?」

僕の遺伝子はこの世界に残らない。それは昔から納得してきたことだ。今更僕の遺伝子を残そうなどとは思わない。僕のような遺伝子が将来に継承されたとしても、その持ち主が生きるのに辛い思いをするだけだ。僕は子供を残さないことで、将来世代において虐げられて苦しみ辛い思いをする人間を生産しないという、社会の幸福度を上昇させるのに重要な働きをしたのである。

僕はこうして、何も残さない人生というのは悪くないと思う。けれどやはり、生きていることが帳消しになってしまうのは、少し寂しい。

僕は、この世界に何気なく生まれて、何一つ影響を与えないで死んでいく村人Aだ。「村人Aここに眠る」と墓標を拵える人はいない。僕の墓標などあったところで誰も訪れることはない。だから僕の墓標は不要である。孤独死によって褐色の液体と化すのもまぁ悪くはないが、できれば死に際は美しくありたい。墓標は不要なので、海洋散骨か宇宙葬などで、僕の存在をこの地球上から、物理的に完全に抹消させることが望ましい。

junny-policies.hatenablog.com

宇宙葬は、母なる地球をはるか高みから見下ろし、そして大気圏突入で骨ごと燃え尽きる。僕の肉体の構成物が、大気と完全に溶け合う。そんな最終末というのは、悪くないと思う。

そもそもなぜ人は、自分の生きた証たる何かを残したがるのか。

僕が思うに、それは遺伝子の認知バグだ。僕のブログで何度か指摘している通り、人間は自分の分身を継承し、そのコピー体を残したがるものである。それは遺伝子の要求によるものだ。人間の本質は遺伝子である。遺伝子の役割は、継承され、改良され、より強く、より良い個体として、世代を超えて進化し続けることである。その意味で人間の肉体は、遺伝子を運ぶためのただの乗り物である。

junny-policies.hatenablog.com

勝ち組にとっては、それは子供である。僕の生きた証があるとすれば、このブログだろう。

僕のような非モテ弱者男性が存在し、生きづらい人生に苦しみ、それでも適応しようとあがき、結局どうにもならなかった。そんな人生の先達がいたことを、僕は将来の非モテ弱者男性に対してブログを通じて、時空間を超えて呼びかけている。このブログは、そのPV数が存在価値である。僕が子供を1人か2人こしらえるよりも、よほど非モテ弱者男性諸君に何かしらの価値を届けられているはずだ。

人は死してなお生き続けようとする。ブログは僕の分身だ。つまり僕の「継承」は、このブログにあるのだろう。はてなブログがいつまで残るか知らないけれど、はてなブログがある限り、僕は死んでなお生き続けるだろう

僕の周囲でつながっている僅かな人々は、その人達が生きているうちは、たとえ僕が死んだとしても、その人の記憶の中で生き続けるだろう。しかし繋がる人がなければ、そもそも誰の記憶にも残らない。けれどブログは一期一会である。その意味で人との繫がりはない。

けど、それでいいのだ。墓石や石碑を建ててもらおうとも思わない。僕の墓標は電脳世界にある。

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