非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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生きづらいのは親のせいだ。毒親への憎しみを忘れるな

生きづらさを抱える毒親育ち

親が悪い、というのは、大人になってからだとなかなか表明しづらいものである。いい年して親のせいにして恥ずかしくないの?と問う声があるからだ。僕はそれに対して、別に恥ずかしくないことをこのエントリで主張したい。

「生きづらさ」という言葉には、様々な意味が込められている。それというのはおおよそ、悪い意味で「自分が他者とは違う」という感覚を持つことである。自分の常識は他者の非常識であり、また他者の常識は自分の非常識でもある。

例えば、誕生日に買ってきてくれたケーキを目の前で踏み潰し、それを這いつくばって食べろと言われることは常識的か?中学生になっても風呂に一緒に入りたがる母親は常識的か?

このすれ違いが、いつでも毒親育ちを苛んできた。そして人生を歩んでいく中で、必ず毒親育ちは、「普通の親」に育てられた人々と出会うことになる。そしてそれは多くの場合、大きなカルチャーショックを伴うものだ。

毒親育ち。みんな辛かったよな

少し僕の経験を語ろうと思うが、僕が最も辛い思いをしたと言うつもりはない。僕の経験がヌルくて甘い、自分はもっとつらい経験をしたと思うなら、それはそれでもいい。僕はあなたじゃないから、きっとその辛さを理解することはできないだろう。だから辛い思いをしたという事実のみ、僕はここで表現したいと思う。

僕は辛かった。あなたも辛かった。僕が必要とするのはその事実の確認だけだ。どっちが辛いかという議論は筋違いだ。毒親育ちどうしで辛さの度合いを争うことほど不毛なことはない。このエントリを読んでくださっている諸君が毒親に育てられたかどうかは僕の知るところではないが、どうか諸君とこの辛い気持ちを、少しでも共有できたらと思う。

親ガチャのハズレくじ

親ガチャというのがある。僕は親ガチャでハズレを引いた。このエントリを読んでいるのだとしたら、諸君もそうではないのか?石油王や大企業の社長やプロスポーツ選手の息子に生まれたいと望んだことはあるまいか?

まぁそんな上流階級じゃなくとも、祖父母と父母の人格に恵まれ、そこそこ金に困らず、車を所有し、月末に電気やガスが止められることなく、また借金取りが取り立てに来ない家庭に生まれたかったと僕は思っている。

僕は他にも、大切にしていたゲーム機を破壊されたり、コントローラのコードを切断されたり、ハサミで殴られて頭から流血したり、冬の寒い日にパンツ一枚で玄関から追い出されて近所の人に助けてもらったり、猫の糞の掃除跡を舐めさせられたり、友人関係に干渉して遊ぶなと叱られたりしたものだ。

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毒親生まれのコミュ障育ち

junny-policies.hatenablog.com

それから30年近く経った。10年以上前に親は亡くなった。それでも僕は今でも、他人を心の底から信じることができないし、大声の怒鳴り声に対して反射的に体が縮こまってしまう程度にトラウマが残っている。あるいは僕はとにかく母親からの怒りに怯えていたので、他人の怒りを感じ取ると、恐怖で思考が止まってしまう。

何か失敗しないようにとひどく気を使って生きてきた。だから僕は今でも、自分の失敗で必要以上に落ち込んだりもするし、または怒りを覚えて感情をコントロールするのに多大な努力を強いられることになる。

僕はコミュニケーションにひどく疲れてしまう。そして僕はコミュ障になってしまった。

僕はかれこれ35年も、他人の怒りの察知と、自分の感情の爆発の間で揺れ動きながら生きてきた。幸いにして爆発したことは一度もないので、僕は周囲からは、少々性格の悪い皮肉屋だとしか思われていないだろう。けれど僕は常に周囲の刺激に怯えながら生きている、臆病な生き物に育ってしまった。

父親は僕が中学生の頃に亡くなった。もう20年も前のことだ。父親と母親はケンカばかりしていて、何度か警察沙汰になったこともある。たから、夫婦円満とか一家団欒というものを、僕は言葉の意味としてしか知らない。

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毒親を否定する。自分の人生の第一歩を

今僕は大人になって、ようやく、自分の育った環境が異様であったと認識できるようになった。それはすなわち、自分の育成環境を否定することと同じである。

これは毒親育ちが、自分の人生を取り戻すプロセスの中で必要なことだ。毒親育ちは、何かと自分の親を守りたがる。親にも何か理由や事情があったと説明したがる。あるいは自分が親の期待に応えられなかったのが悪いのだと自責の念にかられたりもする。または、そういう育ちの中でも自分を律しえなかった自分自身の意志薄弱さが悪いとも考えたりもする。

毒親育ちは、自身の親がしでかした数々の行いが、誰からの支持も受けられないことを本能的に理解している。だから自分だけは味方しないといけないと無意識に判断している。毒親を弁護したり、または反射的に自責したりするのはこのためだ。

大切なことなのでもう1度言うが、常識的に考えて、自分の育った環境が異様であり、悪質であり、悲劇的であったと総括することは、大変重要なことだ毒親育ちが毒親の存在から解放されて、トラウマを抱え、生きづらさを感じつつも、自分自身の人生を歩むために、自分の育成環境を否定し、その否定に自信を持たなければいけない。

だいたい、怒りに任せてゲーム機を破壊したり、ハサミで殴られて頭から流血したり、毎月のように夫婦喧嘩をしては警察を呼ばれたりするような家庭環境が、マトモであるわけがない。ましてや小学校入学前後から中学校卒業までの10年間ほどは、子供の自我形成や情操教育においてとても重要な時期だ。そんな時期に毒親から毒を受け続けて育った人間が、まともな大人に育つわけがない

これが親のせいでなくて、何だというのか?僕が歪んだのは僕が悪いのか?幸せな家庭育ちのゴミカスどもが、僕たち毒親育ちに安全な場所から石を投げつけてくるのに、僕は怒りと憎しみを滾らせている。

健常者の対親価値観と戦おう

健常者や定型発達どもは、そんな毒親家庭がこの世に存在することなど思いも寄らない程度には想像力がないので、親への感謝などを平気で口にしたり、僕たち毒親育ちに対して、親のせいにするなと説教を垂れにくる。そこでは僕たちは健常者どもと戦う必要があるだろう。僕たちに感謝するべき親などいないのだ。

僕たちは自分の生きづらさを、親のせいにしたっていいのだ。それが事実なのだから。親を憎む自分を否定してはならない。憎いものは憎い。悪いものは悪い。間違っているものは間違っている。それがたとえ親だろうと、いや、親だからこそ、断罪しなければいけない

そうして自分が異様な環境で育ってきたことを認めた上で、その上で残りの人生をどうやり過ごすかを考える必要がある。30代半ばを過ぎたなら、そろそろ親どもも介護が必要な時期になるだろう。諸君の気が済むなら、介護を放棄するなり絶縁するなりして、自分が抱えた生き辛さの復讐をやり遂げるのも悪くない。毒親育ちはそういう順番で、自分の抱えたトラウマとうまく付き合いながら、生きていかなければいけない。

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そういう意味で、僕なんかはさっさと親が死んで良かったと思う。介護も必要最低限で済んだので大した負担もなかった。若い頃に親が死んだものだから、「若いのに大変だね」なんてつまらぬ同情を買ったりもする。同情などクソの役にも立たぬのに、そのクソを安全圏から投げつけるその軽薄な態度には怒りが沸くが、いえいえどーもと適当に聞き流せるようになったのは、僕の社会性が発達したからだ。

そして僕は、親のいない今、生きづらさを抱えつつも、気楽な異常独身男性として、人生をやり過ごしている。

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