非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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弱者男性が救われる方法を真剣に考えようぜ

このところ普通に仕事が忙しくて、筆が完全に滞っていた。

このエントリを書いたきっかけは、ツイッターで、リンさんという女性垢の主催する「弱者男性を救うためのスペース」に何気なく参加したことだ。僕も短時間ながら発言させてもらったが、参加者の弱者男性に対しての無理解に憤りを覚えるとともに、このままでは弱者男性諸君が途方に暮れてしまうだろうと思った。

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「弱者男性を救うためのスペース」とは何だったのか

まぁ結論を一言でいうと、あまりにも醜悪なスペースだった。

僕は途中参加だった。ホストは様々な意見をうまく引き出すように努力していたと思う。その点でホストが何か悪いということはなかった。何ならホストは、弱者男性の定義をきちんと決めようという参加者からの動議に対して、すぐに賛成し議論を進めていた。これは本当にファインプレーだった。そこでの弱者男性の定義は確か「年収300万円前後で女性経験が皆無な男性」であった。

つまり低年収と女性経験が皆無であることが、弱者男性の条件だった。これも僕の感覚とそんなにズレていなかった。そしてそれを救おうというのだ。リスナーの数だけ「救う」の方法論があるだろう。それを引き出せればこのスペースは成功だ。議論の流れは悪くない。

しかし僕が参加してすぐに理解したのは、弱者男性の発言がやたらと続いたことだ。僕が覚えている限り7人くらいの発言があって、そのうちの4人くらいがナンパ師(彼女持ち)、1人が喧嘩と空手で弱さを克服した人、1人は慶應義塾大学経済学部への学歴ロンダリング、2人は自身のアカウントのNoteの宣伝だった。

いったいこの元弱者男性どもが弱者男性を救うスペースに来た目的は何か。「元」弱者男性として弱者男性にマウントを取りに来たのか。自分のNoteを宣伝し弱者男性から収益を巻き上げに来たのか。低い自己肯定感の持ち主が更に下層の弱者男性を見下して自分は強い、高学歴であるという自尊心を回復させたかったか。

おそらくそのいずれかであり、全てだろう。

そうだ。これらのスピーカは皆、ナンパをする、年収を上げる、努力をするという方法しか語ってこなかった。僕は彼らが弱者男性を救いたいという意思がないことをすぐに理解した。なぜなら弱者男性はナンパができず、年収が上がらず、努力ができない人種だからだ。そしてそういう弱者男性という人間像を理解していないことも明白だった。

1人の彼女を作れば救われる?1人も彼女が作れないから弱者男性なのだ。

年収を上げれば救われる?年収が上がらないから弱者男性なのだ。

努力して人並みになれば救われる?努力できないし人並みになれないから弱者男性なのだ。

どいつもこいつも、弱者男性に対しての解像度があまりにも低すぎて、僕はたまらずに発言を求めた。

僕の発言の要旨は、概ね以下の通りだ。

恋愛すれば救われるという話をしているが、恋愛できない男性は救われないのか?

特に僕のような36歳の低身長で性的魅力に極めて劣る男性は、恋愛しようと思っても年齢的にも容姿的にも現実的ではない。

恋愛に焦点を当てると、そういう人が救われなくなる。それはスペースの趣旨から外れるのではないか。

弱者男性を救うなら、恋愛と自分自身を切り離し、少し精神的な話になるが、自己肯定感、つまり「弱者男性たる自分であっていい」「弱者男性たる自分でも今ここにいていい」という自覚を醸成することが重要ではないか。

僕の発言の後には、

「男なら女を獲得しにいくべきだ。そうでなければ男ではない」

「いいからナンパしろ。俺はそれで非モテを克服した」

「元弱者男性の僕でもできたから皆さんにもできる」

「僕は慶應義塾大学の経済学部とかいう低学歴だ」

という、おそらく僕の発言の意図を一切汲み取っていないであろうマッチョ発言が続いてしまい、ホストも側もそれを抑制する様子が見られなかった。僕はこれ以上の視聴は時間の無駄だと思い、スペースを退室した。

弱者男性のままであり続けたいという欲求

そういうわけで、弱者男性を救いたいとワラワラ集まってくる連中がロクでもないゴミカス野郎であることが分かった。彼らのことは見切ろう。そして弱者男性は、他者の手を借りることなく、自分で自分を救ってやらねばならない。

弱者男性を救うなら、弱者男性の欲求を正確に理解する必要がある。

僕は上記で、スペースにおいてスピーカーの弱者男性に対しての解像度が低いということを述べた。僕が思うに、弱者男性の欲求は、強者男性やモテ男子になることではない

このエントリを読んでいる諸君が弱者男性だとして、弱者男性から脱却したいと思っている諸君は、実際のところどれだけいるのだろう?僕はそう思う弱者男性がいないとは思わないが、圧倒的に少数派だと思う。おそらく大多数の弱者男性は、弱者男性のままであり続けたいのだ。

弱者男性は、彼女は作れなくてもいいのだ。年収は上がらなくてもいいのだ。努力しなくてもいいのだ。それらは馬の鼻先に吊るされた人参であり、別に欲しくもない高級外車を買うとマジで幸せになれると押し売りを受けているようなものだ。そういう意味で弱者男性が女性関係や年収に紐付いている限り、救われることはない

つまり何なのか。一言で言えば、弱者男性は、弱者男性のままで存在を承認されたいのだ。そこに恋人の1人でもいれば、いるに越したことはないが、恋人を作ることそのものを強く望んでいるわけでもないし、まぁいなければいないでそれでいい。年収にしてもそうで、上がるに越したことはないが、年収2000万円を獲得してタワマンに住んで高級外車を乗り回すような、派手な暮らしをしたいわけでもない。

だから、努力しろだの彼女を作れだのナンパしろだのは、マジで余計なお世話だ。的外れもいいところだ。

そもそも弱者男性というのは、極めて道徳的な規範意識を持っている。半分女性忌避でもあると思うが、少なくともナンパのような女性に実害をもたらす振る舞いをするほど、弱者男性は反社会的ではないのだ。

ナンパ師どもにはそういう道徳は通用しないようだが、道を歩いてていきなり声をかけるのはマジで暴力的だと思うし、極めて加害的な行為だと思う。それを他者に嬉々として勧めるなど、僕に理解不能である。あいつら一体どういう規範で生きているのだろう。

中島義道の本は弱者男性におすすめだ

弱者男性を救うなら、恋愛と自分自身を切り離し、少し精神的な話になるが、自己肯定感、つまり「弱者男性たる自分であっていい」「弱者男性たる自分でも今ここにいていい」という自覚を醸成することが重要ではないか。

最後に、スペースにおける僕の最後の発言を補足したい。「精神的な話」や「自己肯定感」について、僕はスペースでうまく話すことができなかったので、言わんとする事を以下に整理した。

僕は、人生に苦しんでいた30歳前後において、虚無主義哲学者である中島義道の本に出会った。そこで僕は「社会生活上本音と建前が異なることに自覚的である点で、そこに鈍感な他者より優れている自分」や「ナンパ師だろうが弱者男性だろうがどうせ死んでしまう。その限り人生は不幸に違いなく、かつその事実に無自覚であることこそが最も不幸であること」を見出した。

実はこれらが今の僕の「自己肯定感」につながっている。僕がスペースで発言した内容だ。スペースでは時間がなかったが、僕が言いたいのはまさにこういうことで、これらは年収を上げることや彼女を獲得することなどの外的要素とは一切結びついていない

僕がやっていることは、自分の内省世界への引きこもりである。陽キャや強者男性が向いている他人や異性への興味関心のベクトルを、自分自身の創造する精神世界に向けたに過ぎない。

woman.mynavi.jp

僕の勝手な想像だが、おそらく弱者男性は、内向的な性格が多い気がする。せっかくなのでぜひ診断してみてほしい。諸君が内向的な性格なら、僕がこのエントリで表現していることも何となくイメージしていただける気がする。

話を戻すと、こういう自分自身の内省世界の考察において、自分自身より優れている者は存在しない。だからこの内省世界にいる限り、僕は弱者男性であっても、僕を肯定できる。なぜならこの世界においては、僕が最も優れているからだ。

そして僕はこの世界で、たった1人の存在だ。

今僕は、この世界のおかげで、昔よりも少しだけ人生が生きやすくなっている。しかもそれは極めて独立的であり、人同士の優劣という概念が最初から存在しない。なので弱者男性にありがちな潜在的劣等感を覚える余地がない。

つまり非常に居心地がいいので、いくらでも滞在できる。時たま現実世界に出張しなければいけないのが欠点だが。

中島の本は自伝的なものもあり当たり外れがあるが、「私の嫌いな10の人々」「私の嫌いな10の言葉」「非社交的社交性」「善人ほど悪いやつはいない」あたりがおすすめだ。僕が天啓を得たこれらの本は、弱者男性諸君の琴線にも、響くものがあるはずだ。

まぁ僕たちはどうせ死んでしまう。僕自身は人生はとっくに折り返した。おそらくあと30年ほどの命だろう。残りの人生を使って、このしょうもない人生を豊かに終えられるように、その方法を考えていこう。事ここに至っては、それが最も重要なことだ。人生の終え方。引き続き僕は、弱者男性向けへと変貌を遂げたこのブログで考察していこうと思う。

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