非モテ系のままで生きていくブログ

管理人は、寺社仏閣と鉄道と飛行機と猫を愛する非モテ系。モテないままで、流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。旅行したり仕事とか人生とか考察したり。

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【コロナ敗戦国日本】EURO2021と東京五輪、どこで差がついたのか

6万8千人の観客を集めたEURO決勝戦

2021年7月11日。EURO2021決勝戦。会場となったイギリス・ロンドン郊外のウェンブリー・スタジアムには、6万人を超える大観衆が詰めかけたという。

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ロンドン中のパブやバーにはスリーライオンズを応援するサポーターが集まり、チャントを歌い、酒を飲みながらイングランドの揺るぎない勝利を語り合ったり、またある者はウェンブリーで大声援を送っていた。すでにイギリスでは、新型コロナウイルスというのは過去のものになっているかのようだ。

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オランダ代表サポーターは密集しマスク無しでチャントを歌う

EUROの開催各国の会場では、そのほとんどの試合は有観客、しかも1万人を超える観衆を集めた。あるいはスタジアムを満員にした。しかも彼らはチャントを歌い、大声援を自国の代表チームに送っていた。マスクをしている者は見当たらなかった。

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同じ頃、テニスの聖地ウィンブルドンでは、テニスの4大大会であるウィンブルドン選手権が、これまた満員の観客を集めて開催されていた。またアメリカでは、メジャーリーグが開幕戦からやはり満員の観客を集めて開催されており、ベースボール・ファンたちが熱い声援を送っていた。

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ライトアップされたミラノ大聖堂前で勝利を祝うイタリアサポーター

イギリスもアメリカも、コロナ感染者や死亡者は日本よりもはるかに多い。一方でワクチンの接種が急ピッチで進んでいるという状況もある。人々は今でも、多少の不安もあるのだろう。しかしいつまでもこのような生活を続けていることを、彼らは望まない。

自由と責任とwithコロナ

彼らは、マスクを着用しない自由を侵害されたり、自分の人生からフットボールやベースボールが取り上げられることは許容しない。フットボールを奪われた人生を送るくらいなら、コロナ感染のリスクを負ってでも、フットボールを自らの手に取り戻すための闘争をしかけるべきなのだ。そうでない人生なら、生きていないほうがマシなのだ。

イギリスもアメリカも、感染者の増加ではなく、死者と重症者の増加を抑制する方針をとった。ワクチンは感染にたいして抑制力はないが、発症と重症化を低減させることができる。重要なことは、それでも発症し重症化するものは仕方ないと踏ん切りをつけることだ。それはつまり、免疫力の低下した高齢者の生存を諦めてでも、(フットボールのある)もとの生活に戻るという決意であった。

英米のリーダーは、その覚悟ができたのだ。これこそがwithコロナの真髄である。僕にはわかる。この瞬間、イギリスやアメリカは、見事にコロナに打ち勝ったのだ。

もはや彼らの中でコロナ禍は過去のものだ。彼らにはすでに日常が戻ってきつつある。アメリカはすでに雇用を回復しつつある。イギリスはジョンソン首相が、コロナの影響による社会的制限を7月19日から大幅に緩和すると発表している。こうした米英のリーダーたちの、このあたりの勝負所の見極めは見事なものだ。

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実際のところ、ウェンブリーの満員の大観衆は、ノーガードでスポーツイベントを開催した場合どうなるかという社会実験であり、半分人体実験のようなものであるが、ジョンソン首相はこのウェンブリーの決勝戦をもって、コロナ禍の終結を事実上宣言したようなものだ。イギリス国民がその実験に協力したのは、彼らのリーダーの、コロナに対しての勝利宣言というメッセージを強く感じ取ったからであり、EURO決勝戦というのはその媒体としては最適であり最強であった。

僕はこのEUROの各試合のハイライトしか見ていないが、このサッカーの国際大会を有観客・声援ありで開催しているさまを、心底羨ましく思った。実際サッカーの欧州4大リーグの終盤戦は、各クラブとも少数ながら観客を入れて、声援ありで開催していたのだから、いずれこのようにスタジアムが満員になる日がくることは分かっていた。しかしそれは思いの外早く訪れた。

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エースFWハリー・ケインのゴールに沸き立つサポーター

無観客の東京オリンピックの虚しさ

翻って、我らが極東の島国、先進国を名乗る日本国でも、世界で最も重要なスポーツイベントの1つであるオリンピックが開催されようとしている。しかしそのほとんどは無観客で開催されるものだ。この落差は一体何なのだろう。僕はひどく悲しく、虚しい気分になる。感染者あふれる欧州でできたことが、圧倒的に感染者の少ない東京でなぜできないのか。

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かつて僕は東京オリンピックを新型コロナ勝利宣言として開催するべきだと主張した。

EUROをやっている国々が、どれだけ感染者を出していたのか。今でもイギリスでは1日に3万人が感染し、30人ほどが亡くなっている。アメリカは(僕も少しびっくりしたが)1日の感染者数は9000人程度、死亡者数は30人程度に留まる。いずれも日本の、1日あたり2000人の感染者、10名の死亡者という統計結果に対して、人口比を考慮しても圧倒的に感染が広まっていると考えて差し支えない。

率直に、毎日3000人が死亡する日本において、1億3千万人のうちの10人が1日に亡くなることが大事だとは思わない。僕たちは明らかにコロナを過大評価しすぎている

コロナ敗戦国となった日本

欧州やアメリカでできたことが日本ではできなかった。これは明確に、日本が彼らに劣後する証左である。彼らはコロナに打ち勝ち、日常を取り戻しつつある。一方で僕たちは引き続き、緊急事態宣言だの、酒類の提供禁止だの、マスク着用だの、イベントの中止、スポーツの入場制限といった不自由を強いられている。しかもそれらの不自由は、今のところ一切解消される目処が立っていない。

あぁ、負けたんだな、と思う。

理由は簡単で、それらの制限を解除したあとに想定されるであろう感染者数増加について、政治家も国民も、誰一人その責任を負う覚悟が持ててないからだ。

僕はこの覚悟の有無こそが、戦勝国と敗戦国を分けるメンタリティの差だと思っている。僕たち日本人は、基本的に精神的に怠惰であり、脆弱であり、臆病者の集まりなのだ。日本人はその臆病さを、社会性だとか空気の読み合いだとかの高コンテクスト言語を使って覆い隠しているが、このように日常が破壊された瞬間、その弱さによって、日常を取り戻すための戦いの覚悟は鈍ってしまう。

junny-policies.hatenablog.com

だから僕たちは負けたのだ。本当にダサい。この不名誉は、将来にわたって語り継がれてしまうだろう。これはある意味国辱ですらある。なんてことを政治家どもはしでかしてくれたのか。この不名誉をどうしてくれようか。しかしそのようなゴミカスのような政治家どもを選挙で選んだのは僕たち国民である。つまりこのコロナ禍の敗戦の責任は、ゴミカスのような臆病者メンタリティを持った僕たち日本人全員の責任として問われるべきなのだ。

junny-policies.hatenablog.com

皆、日常に戻りたくはないのか。おそらく東京オリンピックはそのきっかけになるはずだったのに、僕たちはとうとうそれを逸してしまったではないか。「EURO決勝戦は6万人の大観衆」というニュース記事のヤフコメには、「どうせ感染拡大する、イギリス人の自業自得だ」というような妬み嫉みあふれるものが散見されたのも、なかなか趣深いところがある。

webronza.asahi.com

直接的な敗因分析をするなら、ワクチンの提供と接種スピードが遅かったからだろう。アメリカやイギリスは、自前でワクチンを生産し、かつそれを配布、接種させるだけのサプライチェーンを、短期間で見事に構築した。さすがに彼らは2度の世界大戦を勝利しているだけのことはある。

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孫子の兵法にも「拙速は巧遅に勝る」という、対応スピードの速さが肝要であると説明する段があるが、「兵は拙速を尊ぶ」ともいうが、このあたりは彼らは戦争という非常時を通じて手慣れているのだ。誰を順番にするべきか、ワクチンの副反応はどうかとかの議論を延々とやって何も進められなかった日本政府とは好対照である。

結果として、日本はコロナの感染者数や死者数では圧倒的に少ないという有利な状況でありながら、そのアドバンテージを活かせなかった。未だにイベントの開催は正常化されていなければ、緊急事態宣言で禁酒令のようなものすら出されている。

これを敗戦と言わずして、何が敗戦であるだろうか。

日本国民は白痴の集合体だった

しかしてワクチンを接種したなら、コロナ禍はすべて終わるのか?

感染症学者がテレビにしゃしゃり出て「ワクチンを接種しても感染対策を」とか「ワクチンの副反応が~」というコメントを垂れ流し、またあるときはデルタ株とかいう謎の変異株を登場させたり、世界で累計400万人が死亡するだの、あまり意味もないニュースを垂れ流して不安を煽るマスコミどもに対して、白痴の集合体たる日本国民どもがどれだけ抵抗できるかについては疑問が残る。

日本人は自分の頭で考えることができない程度にポンコツでゴミカスなので、マスゴミの言うことはそのまま受け入れる。このバカどもは自分で考えて選択するより、他人にその身の振り方を決めてもらうほうが楽だと考える程度に怠惰なのだ。

この連中は、テレビが「コロナは怖い」といえば喜んでマスクをし、マスクをしていない他者を攻撃するほどに陰湿である。そしてテレビが「コロナは終わった」といえば、喜んで未だにマスクを外せない恐怖を抱えている人々を、臆病者だと罵るだろう。

ワクチン接種→コロナ禍終了の流れを作ろう

僕自身は正直、治験もまともにやっていないようなワクチンを接種することには消極的であるのだが、ワクチンを接種することによって、煩わしいマスク着用を要求されなくなったり、あるいは海外旅行の出入国で何日も隔離されることがなくなるなら、それはメリットが上回るので、順番がきたらすすんで接種しようと思う。

僕の免疫力は優秀だろうから、多少病原体が入り込んだ程度であれば、なんとか処理をしてくれるだろう。それで僕のコロナ禍は終わりだ。あとは好きにさせてもらう。ワクチンをいつまでも接種できないような臆病者どもは、せいぜい僕を自分勝手なやつだと指弾するがいい。人生は続くが、人生は短い。この臆病者共の恐怖心に付き合ってやる暇も義理も、僕にはもはやないのだ。

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