非モテ系のままで生きていくブログ

管理人は、寺社仏閣と鉄道と飛行機と猫を愛する非モテ系。モテないままで、流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。旅行したり仕事とか人生とか考察したり。

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コロナ禍での若者搾取とシルバー民主主義に復讐しようぜ

コロナの恐怖<<<春の行楽

2021年5月のGWは緊急事態宣言真っ只中だというのに、各地の行楽地、観光地への人出はなかなか盛況であるらしい。これは素晴らしいことだ。日本国民はコロナ禍がどのようなものかを理解しつつある。それは大して脅威ではなかったのだ。

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グラフの通り、死亡しているのは60代以降であり、感染者は若年層もそこそこ数は多いものの、無症状~軽症で済んでいるというわけである。若者諸君がどうして恐れる必要があるだろうか?

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変異株だの若者の重症化だのがニュースになっている。僕の考察では、今後数週間~1ヶ月間に渡って若者層の死者や重症者が有意に増加すれば、これは非常に危険なので自粛派に転身すると思うが、そうでなければやはり若者にとっては雑魚ウイルスなので、これまでどおり積極的に外出したり消費したりするべきである。

まぁこうした報道にも関わらず人出が多くなり、各地の高速道路が渋滞していることが意味するのは、それらコロナの脅威は、外出したい、知人友人家族に会いたい、遊びたいという快楽欲求に対して劣位のものであるということだ。実際、もし本当に国民全員が新型コロナの恐怖を心の底から恐れているならば、人々はこのような行動はとらなかったはずだ

人間というのは功利的な生き物で、どれだけ脅威を説かれようと、それが自分の幸福、すなわち遊んだり食べたり飲んだり会話したりという快楽を年単位で我慢できるものではない。このあたりの人間の機敏を読み誤ったのが、感染症専門家会議しかり、日本政府しかり、あるいは各地の都道府県知事どもである。

ワクチンの接種も少しづつではあるが進みつつある。しかし日本政府というのは割り切りが苦手であるから、おそらく終息宣言のようなものは出されず、このままグダグダしながらもコロナのことは忘れ去られていくに違いない。そしてその時、真の意味においてコロナ禍は終わるだろう。

実際、感染症対策会議の尾身会長は、「季節性インフルエンザのように不安感がなくなればコロナ禍は終わる」という趣旨の発言を国会答弁で述べている。つまり、コロナ脳どもがコロナだの何だのと気にしなくなる時にコロナ禍は終わると言っているのだ。

www.tokyo-np.co.jp

マスクの習慣だけが残るかもしれない

ところで、僕が危惧しているのは、マスク着用の習慣だけは残り続けるかもしれないことだ。大体電車や町中で見かける人々が揃いも揃ってマスクを着用しているのに、感染者が減ったり増えたりしているということは、マスクの着用が感染者の抑制に効果を及ぼしていないことを意味している。

実際のところ、健康体である場合、呼吸を通じて排出するウイルス量などたかが知れているので、マスクを着用し続けることに合理性は一切ないのだが、それでもマスクを着用する理由はある。それは感染防止ではなく、自分自身が感染拡大防止に貢献する意思があることを示すシグナリング(つまり周囲の同調圧力に適応するもの)である。

マスクというのは人同士のコミュニケーションに支障をきたす。マスクの下なのでうかがい知ることができないが、表情という高コンテクスト・コミュニケーションがどれだけ重要であったかを、僕たちは今思い知っている。またマスク越しに目しか見えていない人の顔を覚えることは至難の業である。

他にも、幼児は母親の表情を学習し、それが情緒や感情の発達に大きな役割を果たしているが、幼い子供をあやすのにマスクをしている母親もいる。その子どもたちは、僕の想像だが、おそらく感情の読み取りや情緒の発達が遅れることだろう。

コロナ氷河期世代からの復讐に震えて眠れ

さて、僕が今回問題にしたいのは、このコロナ禍の間に子どもたちや若者たちが置かれた境遇である。結論からすると、僕たち大人は、おそらく将来に渡ってこの子どもと若者たち世代に謝罪するべきだし、あるいは僕たちは彼らの青春を奪うという取り返しのつかない仕打ちを与えたことに対し、彼らからの復讐に怯える必要があるだろう。
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そして、以下は僕から若者諸君へのメッセージである。

若者諸君、本来経験できるはずだった様々な青春のイベントを奪われたことに、怒りや悲しみ覚え、憎しみを感じているだろうか。あるいは「みんなが大変だから」と、聞き分けのいい優秀な学生の仮面をかぶってやり過ごすのだろうか?

まぁこの若者諸君への大人どもからの仕打ちが正当なものであると考えられるのであれば、それはそれで別にいいのだが、僕はそう聞き分けの良くない若者諸君に伝える。若者諸君、この怒り、悲しみ、そして憎しみを忘れないでもらいたい。

コロナ禍で生贄に捧げられた若者層

まず、僕は若者たちに申し訳なく思っている。将来的にコロナ世代と呼ばれるだろう諸君の青春や思い出を奪ったのは、紛れもなく僕たち大人である。なぜなら僕たちには選挙権があり、その選挙で当選した政治家どもがこのように決定を下したからだ。普通選挙による民主政が布かれている以上、これらの政治家どもの判断ミスは、有権者にして主権者である国民にその責任がある。

入学式の中止に始まり、大学の授業はオンラインになり、アルバイトをしようにも時短とか営業自粛で思うように働けなかったり、甲子園の高校野球や楽しみな修学旅行が中止に追い込まれたのも、若者諸君が悪いのではない。

これらは、コロナウイルスが悪いのでもない。全てはそのリスクとリターンを見誤った大人たちのせいだ。大人どもは感染の拡大を、若者が自粛しないせいだとしたり顔で語っていたが、実際のところその感染源となったのは明らかに高齢者どもだった。

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病院、介護施設などのクラスタが数多く発生し、その発生比率は圧倒的に高齢者由来のものが多かった。にもかかわらず諸君は大人どもから生贄に捧げられたのだ。感染拡大は諸君のせいにされた。この点において諸君は大いに怒り、反論し、それを広めたマスコミや専門家どもにその憎しみをぶつけるべきだ。

大人どもは、諸君からその青春を奪った。そしてそれはもう取り返しがつかない。成人式を改めて開催するわけにはいかないし、就職してから卒業旅行にいくこともできない。若者たち諸君、これらの仕打ちに対して、自分の言葉で僕たち大人に対して責任を問うべきだ。

若者はこれ以上自粛に協力する理由はない

実際のところ、諸君は可能な限り自粛に協力してくれたじゃないか。休校を受け入れたり、大学のオンライン授業に対応したり、アルバイトを抑制し外出を我慢したり、入学式や卒業式、あるいは修学旅行や部活動だって中止させられた。若者諸君がこれだけ自粛に協力したにもかかわらず、諸君に見返りはない。それどころか若者に対してさらに締め付けを強めている。これ以上どうしろというのか。

僕は諸君に改めて伝えておくが、公園や施設が閉鎖され遊んだり学んだりする機会を奪われたこと、学校や大学で友人同士のオフラインのつながりを構築すること、恋愛や友人関係などの青春の貴重な瞬間、アルバイトなどのちょっとした社会経験、留学や卒業旅行・修学旅行などのイベント、成人式の実施見送り、コロナ禍で企業の業績が悪化したことによる就職難……等々、これら若者諸君が被った様々な被害は、これからの人生において誰もその補償をしてくれることはない。

コロナ氷河期となる若者層

就職活動を控えた諸君は、企業の採用見送りに苦しむことになるだろう。実際、企業規模を問わず、対個人向けのサービス業は軒並み業績を悪化させている。そのごく一部、耳目を集めやすい企業の財務内容がトップニュースに上がってくるだけで、実際のところは多くの企業が破産に追い込まれている。こんな環境下では企業は採用を見送り、諸君は第二の就職氷河期を体験するだろう。

僕の5年ほど先輩にあたる氷河期世代に対して、政府が失われた30年とか語りつつも何も手を差し伸べず、彼らを事実上見殺しにしたことを僕はこの目で見てきている。氷河期世代はその絶対数が多いから少々注目されもしたが、諸君は若者であるから人口ピラミッド的にその数は少ない。民主主義政治において少数派とは考慮されない存在であり、諸君の就職難を考慮に入れて政治を行ってくれることは期待できない。そうして諸君は就職においても苦しむことになろうが、もちろん大人どもはその責任も取らない。

これだけ若者たちが見返りなき苦境に耐える中、大人ども、とくに高齢者の連中はどうしていたのか。昼からカラオケを楽しみクラスターを発生させていたのである。

緊急事態宣言の目的を履き違えるな

実際のところ、緊急事態宣言も蔓延防止措置も、医療リソースが逼迫しているという実情が背景にある。それに対して緊急事態宣言等は、いわば時間稼ぎ作戦なのだ。緊急事態宣言を発報する間に医療体制を、つまりコロナ病床を充実させ、(無症状を含む)コロナ患者を受け入れる体制を構築するのが目的であった。

何が言いたいかというと、つまり緊急事態宣言というのは、感染者数を減らすことが目的ではなく、感染者数が増えても問題ない体制を構築する時間を作るのが目的だったのだ。そのために各病院のコロナ病床を増やしたり、あるいは感染症分類を緩和して現状の1類相当から5類(季節性インフルエンザ等)に変更することができれば、健康な人はこれまでと変わらない生活を送ることができたはずだった。

しかしなぜか感染者数は有意に減少せず、その責をまた若者が自粛しないせいだと指弾されているというわけである。

老人優遇と若者搾取に気づいてほしい

はっきり言って、これは若者に対しての一方的な搾取構造である。若者諸君がこれだけ抑圧される中、高齢者連中は残り少ない人生を昼カラオケで楽しみ、それで発生したコロナ感染者(という名のPCR検査陽性判定者)の数に慌てふためき、その責を若者諸君に帰し、さらに緊急事態宣言を延長やら何やらした上で、諸君の就労環境を悪化させたり、学業、部活動、行事などを引き続き諸君から奪おうというのである。

そしてその間、高齢者連中は何の抑制も与えられない。高齢者連中のカラオケは禁止されていないのだ。この格差社会!高齢者優遇!若者諸君はこのように搾取されているのだ。この事実をよく認識し、将来、今の大人どもに復讐をしかけてやるがいい。

諸君ができることはただ1つ、これ以上分別のある大人を演じるのをやめることだ。海外ではやたらとアジア系の人が攻撃されているらしいので危険かもしれないが、それなら国内へ卒業旅行にでも行くがいい。あるいは仲間と酒宴に興じるがいい。

今35歳を迎えたこの僕は、20代の1年がどれだけ輝かしく貴重であるかを身にしみて理解している。だから1年我慢すればとか、そういう詭弁を弄するつもりはない。その1年は諸君にとって貴重な1年だ。繰り返すが、諸君が我慢したところでその1年が返ってくるわけではない。

財政支出のツケを払う若者層

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そしてもう1つ、コロナ禍における財政支出のツケも諸君に押し付けられるだろう。2020年度の国債発行額は112兆円、歳出の合計は175兆円に及ぶが、この巨額の歳出と国債の発行は、ほぼ全てコロナ禍における補助金や補償に充てられるものである。

かつての東日本大震災の復興税が特別税として未だに徴収されているように、これらの財政支出を補填するために税金が取られる。その担い手も、これから生産年齢として労働者となる若者諸君である。

これだけの金を支出することを決めたのは現時点の政治家、つまり老人どもだが、それを支持したのも僕たち有権者である。そして今回の財政支出を主導した政治家どもは、だいたいあと10年も経てば死ぬので逃げ切ることができる。その支払は、諸君からの税金の徴収をもって帳尻されるというわけだ。こうして諸君は、将来に渡って搾取され続ける。

若者優遇を勝ち取る闘争

若者諸君、若者が若者たる過ごし方を今一度取り戻したいなら、諸君は声を上げ、行動し、それを指弾する大人どもに反撃してやらなければならない。諸君は青春を奪われた。高齢者どもは残り少ない人生を楽しんでいる。そんな中で諸君が聞き分けよく唯々諾々と過ごしたところで、高齢者どもから諸君に青春が返ってくるわけではない。この連中は譲歩を知らぬ。だから諸君が我慢し抑制し譲歩しても、高齢者どもはそれに感謝することもなく、さらなる抑制を強要するだろう

青春を取り戻そうとする諸君に大人どもが攻撃を仕掛けるなら、それはもう戦うしかない。これは貴重な若い1年を守るための闘争なのだ。戦うがいい。若者諸君、青春を自らの手に取り戻すために。

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