非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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【NARUTO】無限月読の世界に僕も行ってみたかった

限月読は、NARUTO第二部の中盤以降に登場する幻術で、月に輪廻写輪眼を投影し、その瞳力を増幅し世界の全ての人に幻術をかけ、永遠の夢の世界に誘うというものである。

僕はこれを読んで、まさにタイトルと同じことを思った。

NARUTOの中盤以降のストーリーはすべて、この無限月読の達成を目指すうちはマダラ陣営と、それを阻止しようとする忍連合軍の物語である。

以降はネタバレが含まれる。原作は2014年に完結しているし、そもそも無限月読と聞いてピンとくるのはだいたいNARUTOを読了していると思われるので今更ネタバレもへったくれもない気がするが、まだ読了していない諸君はここでブラウザバックされたい。10行後より文章が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

長く生きれば生きるほど

現実は痛みと苦しみと空しさだけが

漂っていることに気付く

光が当たるところには必ず影がある

勝者という概念がある以上

敗者は同じくして存在する

平和を保ちたいという利己的な意思が戦争を起こし

愛を守るために憎しみが生まれる

これらは因果関係にあり切り離すことはできん

本来はな・・・

お前が傷ついたからこそ代わりに助かった者がいる

・・・・・・

この世の因果を断ち切る

勝者だけの世界

平和だけの世界

愛だけの世界

それらだけの世界を作る

(単行本63巻)

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世を照らせ 無限月

(単行本70巻)

うちはマダラもうちはオビトも、この世界に絶望した。マダラは戦争によって最愛の弟を殺され、またオビトは最高の仲間カカシによって思い人リンを目の前で殺害された。最良の友によって最愛の人を喪う戦争、そしてそれを現実にしてしまうこの世界そのもの。これはオビトにとって、この世界に絶望するには充分すぎた。

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この無限月読をマダラから説明されてきた干柿鬼鮫もまた、無限月読の信奉者だった。鬼鮫は情報部隊の護衛任務についており、情報が危機にさらされるたびに、情報を守るため自らの仲間を殺し続ける任務を負っていた。このことで自らの生き方に疑問を持ち、また精神を病んでいる節があり、自分を見失い、そして絶望していた。

鬼鮫が「私もそこへ行ってみたかった」と死に際に独白するのは、そのことを思い返すと胸に迫るものがある。彼もまた無限月読がこの世界の絶望に対しての救いだと信じており、その仲間たちの計画を守るために、やはり自ら命を断ったのである。かつて自分が他人に対してそうしていたように。

そういうわけで無限月読を発動させるべく、オビトとマダラはいよいよ戦争を仕掛ける。八尾と九尾とを回収し、そのチャクラを外道魔像に取り込み十尾を復活させる。そしてその十尾を媒体に神樹を発生させ、幻術をかけた人々の保管場所とするのだ。

そこは争いなく、愛だけの世界である。僕もそんな無限月読の世界に行ってみたかった。

限月読に幸せがあるのならそれでもいい

僕は人生に疲れていた。幼少の時から人生はうまくいっていなかった。体格が小さいことでよくいじめられたし、家庭では両親は離婚するし、母親には虐待されたし、学生時代も小さい体格とコミュ障気質で彼女どころか友達もまともにできなかったし、社会人になってから仕事もなかなかうまくいかなくて、今に至っている。

だから、愛だけの世界があるのなら、幸せだけの世界があるのなら、僕はぜひそこへ行ってみたかった。僕がもしあのNARUTOの世界にいたのなら、間違いなくマダラとオビトの側についていたはずだ。

限月読の妨害をする忍連合軍

そのように闇を抱えた忍が、忍連合軍の中に1人としていなかったいうのか。あるいはその闇は、ナルトや初代火影、あるいはシカマルらの呼びかけによって容易く打ち消されてしまうほどの浅さしかなかったというのか。

圧倒的な力をもつマダラやオビトと戦わない、という選択もあったはずだ。大人しく無限月読に取り込まれてしまった方がいいと考えた忍もあったはずだ。しかしそれは、ナルトらによって半ば強制的に無限月読に反抗する側に取り込まれてしまった。

だから僕は絶望した。NARUTOの世界に、無限月読に賛成する人間がマダラとオビトと他数名に限られていたことに。

僕はオビトにとても共感していた。なぜ「していた」と過去形なのか?オビトもオビトとて、ナルトの説得に応じて無限月読を放棄したからだ。なぜ陰に染まり絶望していた人間が、その人生の半分程度しか生きていないガキ1人に説得されてしまったのか。これは単純にNARUTOという作品が少年漫画であり、ナルトのような「陽」に傾くのは仕方ないのかもしれない。けれど僕は今でも納得いっていないし、僕はいつでも無限月読にかかる準備はできている。

そういう僕からしたら、この現実の世界に絶望している僕の救いとなる無限月読を妨害することは、僕の幸せに至る有力な道筋を1つ閉ざしてしまうことになる。僕にとって、いや、人生に、あるいはこの世界に絶望した人間にとって、永遠の幸福を経験することのできる無限月読の世界に、何の躊躇ためらいがあるだろうか。

ナルトは主人公だから誰も勝てない

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まぁそれは仕方がない。彼が主人公なんだから。少年ジャンプでは主人公は勝つようにできている。昔「めだかボックス」で安心院さんが語っていたことだ。

ナルトは無限月読を嘘っぱちだと断じ、それを拒否している。それはナルトが心の底から、そして骨の髄まで「陽」だからだ。ナルトはペインに師匠自来也を殺害され、また故郷である木ノ葉隠れの里をペインに襲撃された。それでもペインの本体である長門に強い意思で立ち向かい、闇落ちすることがない。

血統に恵まれた陽キャ主人公の増長っぷり

とにかく僕は、ナルトとかいう血統に恵まれた陽キャ主人公の増長っぷりが気に入らない。連載初期とその後で設定が異なるというのは仕方ないのだが、もともとナルトは里から迫害されていたのである。理由は全くもって不明で、4代目火影の息子にして九尾を宿す少年を迫害して、何の利益が木の葉隠れにあったというのか。

NARUTOの世界では、強い力を持つものは嫌われ迫害されることが当たり前の世界であり、ナルトのみならず、我愛羅、キラービー、白、あるいは部族単位ではうちは一族(大蛇丸談)など、その例は多く挙げられる。

実際のところ、このような経緯から、ナルトこそマダラやオビトの側に闇堕ちしてもおかしくなかった。しかし第7班をはじめとする仲間たちや、その後の修行における母クシナとの出会いによって、ナルトは「陽」の側へ進んでいく。

ナルトには仲間がいた。もともとナルトは里から迫害され、第7班のサスケとは険悪で、サクラには鬱陶しがられていた。それはたまたま、イルカ先生と出会って認められ、カカシ先生がうまく統率し、さらに自来也、ヤマトという良き師匠と出会えたからである。

もちろんナルトが厳しい修行を乗り越えているからこそ、そういう縁が生まれたということもできる。しかしその「運の良さ」は誰にも語られることがない。

実際、初登場時の我愛羅との戦闘においてナルトは、「たった一人で戦ってきた我愛羅」と「仲間ができた自分」を比較し、対比することができていた。こうして謙虚な姿勢を見せながらも、それから3年経った第4次忍界対戦時のナルトは、オビトの境遇や闇の思想に染まった理由を理解しようとすることもなく、感情任せに「ムカつきすぎて文句が思いつかない」と言い放つだけである。

第4次忍界大戦編で僕が気に入らないのは、まさにこのナルトの増長っぷりである。仲間がたくさんできて調子に乗っているリア充のようにしか見えない。

「陽」には勝てない世界の中で

オビトは「この世の憎しみはなくならない」、「忍連合軍の誰かが俺たちと同じことをする。この世界に希望はない」と説くが、それも仲間を後ろ盾にして「どうあろうがあることにする」と会話にならない返答をするだけだ。

ひどく傲慢になったものである。そしてナルトはそれが許される。これが主人公であり、「陽」の者であり、そして僕たち陰キャの敵である。後に続くのはただのインフレ能力バトル漫画であり、血統と能力に恵まれ努力が成果をなした幸運な少年の、鼻持ちならない英雄譚である。

せめて創作の世界だけでも、僕たちの人生と同じような「陰」の者が救われてほしかったが、そもそも創作においては「陰」側に属するモブキャラそのものが描かれないという始末であった。少年ジャンプは所詮そのあたりが限界なのだ。そういう作品が読みたいのなら、青年コミックを読んだり、あるいはなろう系小説やラノベでも読んで溜飲を下げるのが社会的適応度の高い生き方なのだろう。

別に僕は、無限の夢を見させられながらであるならば、カグヤの兵や奴隷として扱われることも吝かではない。この現実こそ地獄だ。やはり「陰」の者である僕と「陽」どもは、僕と住んでいる世界や見ている景色が違うようである。

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