非モテ系のままで生きていくブログ

管理人は、寺社仏閣と鉄道と飛行機と猫を愛する非モテ系。モテないままで、流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。旅行したり仕事とか人生とか考察したり。

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【スプーン有料化】無能な働き者と環境問題【カーボンニュートラル】

小泉進次郎環境大臣は、「プラスチック資源循環促進法案」の改正について、コンビニなどで提供されるプラスチックスプーンの有料化を検討していると述べた。飲食店や小売店での使い捨てプラスチック製品の削減が義務付けられ、どう考えても末端のコンビニ店員とその来店客が苦しむことになると思われるこの法案は、閣議決定までされてしまった。

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ただただ不便を強いることしか考えられない点で普通に怒り心頭に発する話だが、僕たちはここで冷静になる必要がある。この法案は、あくまでプラスチック製品の削減を義務付けるだけであり、小泉氏が語ったスプーンの有料化はそれ自体は、その法律に記載されていることではない。仮にそれをすすめるとして、法案の可決後にガイドラインが公表されて、それに記載されるような流れになるだろう。

レジ袋有料化は環境保護目的ではない

しかし率直に言って、無能な働き者とはこのことだと思った。

大前提として、レジ袋のプラごみの割合というのは、プラごみ全体の0.18%程度である。それに対してレジ袋の有料化は、どのようにその割合の削減に貢献したのか?という質問に答える必要がある。しかし小泉氏は、レジ袋の有料化は「国民の皆様に意識を持ってもらいたい」と導入目的を語った。つまり僕たち愚かなる国民に対して、環境への取り組みに意欲を示す上級国民たる小泉進次郎様が、レジ袋の有料化を媒体にして、その意識を持てと啓蒙してくださるというわけである。

なんと尊大で不快な男だ。エリート意識や選民思想がおぞましい臭気を放っている。それを必要とする僕たち一般国民のことなど顧みていない。小泉氏にとって僕たち国民は、地球環境問題に取り組んでいることを世界に示すための、そして同時に成果を出すことをアピールするための道具にすぎないのだ。そんなものに誰が従うものか。

そういうわけで、レジ袋の有料化がどれほど環境問題の解決に貢献したのかは語られぬまま、今度はプラスチックスプーンをも有料化しようというのである。

今一度問うが、そのプラスチックスプーンが有料化されることによって、プラゴミがどれだけ削減される見通しなのか?これを削減する目的でもなければ、結局末端の店員とそれに相対する購買者のコミュニケーションコストが増えるだけで、一切の合理的なところがない。そうして押し付けられた数円の負担の行き先も明確ではない。

僕が思うに、この小泉氏という男は、海亀がレジ袋を誤飲したとか言ってニュースになっていることに影響されたに違いない。ただ単純に成果が欲しいのだ。いやもっと正確に表現するなら、活動しています感が欲しいのだ。

菅政権においてなぜこの男が環境大臣に就任したのか。若手のホープ扱いをされ、そこそこ衆目の人気のある(と思われる)小泉氏を環境大臣に据えたのは、恐らく最も政権運営に影響がないと考えられたからだ。しかし菅政権は、この小泉氏の言動によってひどく評価を下げている。なぜこんな世間知らずで何を言っているかわからない無能を環境大臣に据え、かつ国民に負担を強いているのか、と。

野党の政治的センスの無さは致命的だ

率直に、これは自民党の失策である。国民を啓蒙しようとする鼻持ちならぬエリート思想や、そもそもの政策の有効性(「意識を高める」という定性的な目標ばかりで、プラゴミを○%減らすという定量的なKPIを持たない)、そして末端のコンビニ従業員やその利用者層のコミュニケーションコストの増大等、論難できるポイントがいくつもある。

それなのに野党は反対しないのか?黙って見ているだけか?何ならこの間の森元首相の女性蔑視(?)発言よりも、国民生活に直接的に関わりのある問題として重要度が高いと思われる。このあたりの優先順位の付け方がヘタクソなのが、今の野党の政治的センスのなさを表している。

環境問題に反対するという行為は、一見して反動的に思える。いやいやそんなことはない。これに潜在的に反感を持つ国民は大勢いる。何も考えずにレジ袋やスプーンを入手することができたストレスフリーで便利な生活を取り戻すというのは、十分強力なインセンティブになる。実際のところ、少なくとも僕たち国民は、現状維持で何も問題ないのだ。

レジ袋やスプーンの消費はゼロにはならない。それらは必要だからだ。それにレジ袋にしてもスプーンにしても、原油の精製過程における副産物であるポリエチレンからできている。我らが環境大臣は、その事実を最近まで知らなかったらしいが、レジ袋やスプーンの生産のために原油を採掘しているのではない。あくまで原油精製の副産物を利用しているだけであり、コストは変わらないのに、なぜかコストだけが国民に押し付けられている。

野党は同じ土俵に上がってはいけない。さらに過激な環境保護政策を訴えるようなことはしてはいけない。そうすれば「野党はまた過激なことばかり言っている」と国民に見做されて、ただでさえ低い支持率がさらに低迷する。

ただひたすらに合理的でありさえすればいいのだ。合理的であることは簡単なことである。不合理に対しての説明コストは不要だし、不合理を合理と宣言する欺瞞性を持たなくて済むからだ。

これだけの不合理性をさらけ出している自民党に対して追求も何も出来ず、大声で反対を繰り返している姿しか伝わってこないから、野党はさらに国民から見放されてしまうのだ。何とか宣伝戦略を考えろ野党ども。それではいつまで経っても自民党に勝つことはない。頼む。何とかこの小泉進次郎とかいう無能な働き者を止めてくれ

使い捨てという衛生問題の解決策

僕たちがもっと意識しなければいけないのは、使い捨てという利用方式が、どれだけ衛生問題の改善に貢献しているかという点だ。かつて僕たちは割り箸を使うことで、箸の使い回しによる不衛生さを意識する必要はなくなっていた。しかし今では、レストランや牛丼屋、ラーメン店などどこへ行ってもプラスチックの箸が出てくる。ラーメンや牛丼を割り箸以外のもので食べることに、僕は未だに違和感を感じている。

箸がプラスチック化された時も思ったのだが、木製の割り箸というのは大変使い勝手がいい。何しろ木の繊維が摩擦になってくれるので、麺類が食べやすいのである。近所の二郎系ラーメン店は、一時期プラ箸を提供していたが、すぐに割り箸に戻った。おそらく食べづらいとクレームが有ったに違いない。

街の中華屋さんでラーメンがサーブされて、割り箸をパキッと割って食べるあの一連の流れにも風情を感じる。まぁ風情だけで環境問題には取り組めまいが、僕が言いたいのは、そもそも割り箸だって、間伐材という木材の生産過程で剪定された木からできているのであり、割り箸を生産するために広大な森を伐採して生態系を破壊しているわけではない。

そうだ、それはレジ袋も同じで、生産過程において産生される副産物を再利用しているだけのものに対して、全体のコストが変わらないのにも関わらず、僕たち消費者はなぜ更なるコストを要求されなければいけないのか。小泉氏はじめ、与党の連中はこの点に誰も答えない。

これも結局、意識の高い飲食業界どもが環境問題に取り組んでいますシグナルを発するために、僕たちがラーメンを食べる際に滑って食べづらいという不便を課しているのだ。決して真摯に環境問題に取り組むためではない。そもそも飲食業においては、重要視されるのは環境問題ではなくて衛生面であり、それを考慮すれば、割り箸など使い捨てにしたほうがはるかに安全なのだ。

同じ理由でマイ箸マイスプーンの文化がさほど広がっていないのは、そもそも都度洗浄できる環境が整っていないからである。オフィスワーカーはともかく、現場作業系の方はそうだろう。

そもそも環境保護対策は僕たちにメリットがない

環境保護問題は、使い捨てとかの衛生対策や、経済政策と真っ向から対立する。企業が環境保護対策に取り組むコストは、いずれ僕たち国民に「原材料費高騰による不本意ながらの値上げのお願い」で返報されてくることになる。そして政府が企業に環境保護対策を要求することは、環境問題に意識の高いシグナルを発するリベラルどもには見えていないようだが、実質的に僕たち国民の負担増につながるという図式だ。

カーボンニュートラルの発想は、人間の経済活動によって排出される二酸化炭素の量を、地球環境上の自然が吸収できる量にまで抑制することである。ネガティブ・エミッションはその発展形として、二酸化炭素をさらに地中に貯留するという、めちゃくちゃコストの掛かりそうな取り組みも各国で検討されているということだ。

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地球上に放出する二酸化炭素の排出を抑制する目的は、地球温暖化を防止し異常気象を低減するということであるが、これについて僕は2つの疑問をもっている。1つは、僕たちがそれによって受けられる利益について。2つは、カーボンニュートラルを表明している国の中に、中国やインド、ブラジルなどの経済と産業の発展が進み二酸化炭素排出量が多そうな国が軒並み参加していないこと。

1については、上段の話と繰り返しになるが、こうして環境問題への取り組みコストを要求された企業は、商品の買い手にその負担を求めざるを得ない。最終的に僕たちは負担増を受け入れざるを得ず、得することは何もない。

2については、工業的な先進国は中国、インド、ブラジルなどが生み出した安価で高品質な商品と競争していく必要がある中で、コスト増要因になる環境問題への取り組みは、自国の工業競争力を低下させてしまうリスクを抱える。その意味で、少々文脈は違うが、アメリカのトランプ前大統領がパリ協定脱退を宣言したのも理解できる。自国の産業を保護できなければ雇用が失われるという点で、1とは別軸で国民の負担増のリスクがある。

このように、環境保護政策というのは、僕たち一般国民にはメリットのないものだ。だから環境保護政策を全面に押し出す政党や被選挙人がいた場合はよく注意する必要がある。彼らは僕たち一般国民にとっては、コスト増を促進する敵である。

僕が心配しているのは、何かしらの実績のほしいこの無能な働き者環境大臣が、何か大きな出資の約束を国際社会にしてしまい、日本自体が一人負けするという事態である。環境問題に意識の高いリベラルどもに親和性の高そうな環境大臣ならやりかねない。どうかこの日本が、欧米のリベラルどもに影響されて環境問題への取り組みで僕たち国民に負担を強いないよう、僕は切に願っている。そしてもしそのようなことになる前に、自民党の有志や野党諸君に、この無能な働き者を止めてもらいたい

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