非モテ系のままで生きていくブログ

モテ非モテ論と社会派ブログ。このブログには、モテる方法は1つも書いていません。モテないままで人生をやり過ごしつつ、少しだけ幸せに生きることを目指しています。管理人は非モテ喪男35歳。流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。

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結婚願望が湧かない理由は「足るを知る」からだ

僕の友人たちは、30歳手前頃に次々と結婚していった。Facebookは多くの結婚報告で賑わっていたものだ。彼らの多くは今では1人か2人の子供を育てている。あまりにも目障りなので、そういう投稿を繰り返す友人のフォローを辞めたところ、何もたいしたことが表示されない殺風景なタイムラインが現れた。

僕は相変わらず独りきりだ。時々思い出したように街コン的なサイトにアクセスする。けれども申し込むことはない。僕はゴルフが趣味なので、ゴルコン的なやつにも参加した。せっかくのゴルフ仲間も、関係性を維持するのが煩わしくなってすぐに連絡を取らなくなった。

そもそも僕は本当に結婚したがっているのだろうか。もしそうであるなら、あまりにもその結婚願望が行動に結びついていない。

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僕は今年35歳になった。結婚するチャンスがあるとするなら、今年が最後の1年だろう。36歳になった途端、結婚したい女から対象外になることを僕はよく知っている。このような危機的状況であるのに、僕は女性と仲良くなる方法を知らない。たとえ出会いがあったとて、お互い何もわからない状況から仲良くなるためにいろいろ話を弾ませることはできない。だから僕と話をしても面白くも何ともないだろう。

女性の側からグイグイ来てくれるのであればそれはそれで吝かではないのだが、女性側に僕にグイグイくるだけのメリットがないことも承知している。その「待ちの姿勢」は、精神的には女メンタリティそのものでどうにも気持ちが悪い。結局、何をどうすれば良いか分からないとか、打ち手の引き出しが圧倒的に不足していることにも起因していて、それを改善しようという気力が湧いてこない。

人間の行動力は、必要に迫られたときに最も強く発動する。つまりこの僕がこれまでこの自分の状態を改善しようと行動してこなかったのは、その必要に迫られていないからだ。僕は僕のような、結婚願望が湧いてこない仲間のために、このエントリを書くのである。

おそらく、今の僕は足りているのだ。女性の付き合いがない分、今の僕は明らかに幸せではないが、それと同じくらい不幸でもないのだ。

今の僕には、仕事があり、多いとは言えないがそこそこ給料をもらい、生活していく分には困ることがない。つまり今の僕の必要な生活水準が100なのに対して収入を100手に入れている状態で、これはとても均衡が取れている状態だ。僕は昔ほど見栄をはらなくなったので、少し消費を抑制すれば、この必要をさらに80にすることもできる。

そこに結婚を積み上げたとしよう。そうすると例えば僕の生活水準は200にもなる。これはとてもレベルの高い生活水準だ。しかしこの場合、手に入れなければいけない収入は300まで跳ね上がる。どういうことかというと、結婚するということは、結婚しているだけの身なりや自動車、住居、必要に応じて子供の養育費など、それを考慮すると、水準が+100に状態を維持するために、収入を+200獲得し続けることが要求される。

実態としては収入は100なのであるから、不足分の-200の分、僕は不幸になるのではないか。あるいは不足分の-200を手に入れるため、僕は自分の行動を変える努力をしなければならなくなるだろう。それはより収入の高い仕事を探すか、あるいは自分の生活水準を下げることである。

いやいや、それはありえない。上にも書いたが、僕は今の均衡の取れた不自由のない生活に満足しているのだ。この安らかで穏やかで静かで均衡の取れた生活を差し出すほどの価値が、結婚にあるというのだろうか。

あるいは、僕は子供を欲しくない。僕の遺伝子を受け継いだら、低い身長と細くて小さな目が遺伝してしまい、男でも女でも生きづらい人生を歩むだろう。僕自身がこれほどまでに生きづらさを感じているというのに、さらにその子供に生きづらさを問答無用で与え、その苦痛を向こう80年にわたって味合わせるというのか。僕はそんな事ができるほど鬼畜ではない。

あえて差別的な表現をするが、不幸な人生ならば、生まれてこない方がマシなのだ。しかも僕自身、大して長生きしたいとも思っていないのに、子供が大学を卒業する60歳手前まで生き続け、かつ働き続ける必要がある。子供がいるだけで、なぜこの僕がそうまでコストを支払い続けなければいけないのか。死にたいと思ったときに死ねないではないか。これ全て不足分の-200を補おうとした副作用である。

そしてこうして子供が不要であるなら、その子供を宿す存在たる女も、僕の人生にとってなんの役割も持たない。そういうこともあり、子供を持たない決意をしている僕にとって、やはり結婚する理由がないのである。

若い人ほど結婚願望が薄いと聞く。彼らがどう考えているかは知らないが、おそらく僕の考えとは通底していて、今の自分の生活水準を切り下げること自体をリスクと捉えていること、あるいは今の自分の生活水準を変える必要性を感じていないのだ。

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僕たちの世代では、男性の生涯未婚率は28%だという。4人に1人と考えると、意外と少ないという印象だ。何しろ4人に3人は一度くらいは結婚するのだけど、おそらく僕がそうした連中をFacebookでフォローすることを辞めたものだから、僕の目には届いてこないのだろう。

ブッダは、自分のものではないものを取ってはならないと説いた。欲しがる心は人を不幸にするのだ。結婚は自分のものではなかった。だからもう取ろうとも思わない。それに執着して精神の平穏を失うよりも、僕はこのまま足りているままに生き、そして死んでいくことが幸せなのだろう。

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