非モテ系のままで生きていくブログ

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【8月限定】河口湖飛行館へ、日本で唯一の一式陸上攻撃機を見にいこうぜ

河口湖のほとりに別荘が立ち並ぶ。そんな森と別荘の合間に、知る人ぞ知る飛行機と自動車の博物館がある。

河口湖自動車館・飛行館というこちらの博物館では、その名の通りクラシックカースーパーカー、そして太平洋戦争期を中心とした航空機を中心とした展示がなされている。8月限定の開館なので行ける時期は限られているのだが、それは子供たちの夏休みの宿題を意識している気がして、なんとも言えない気持ちになる。なお休館中は、展示物のメンテナンスや機体の復元などの作業が行われている。

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カーチスC-46輸送機が来館者を出迎える。本機は割とポピュラーで、所沢航空公園や浜松航空自衛隊基地の史料館など、様々な場所でお目にかかることができる。

特に航空機の展示についてはマニアやオタク垂涎である。当館の主な展示物は、3機の零式艦上戦闘機、一式戦闘機「隼」、一式陸上攻撃機の胴体が1機あるが、こちらの一式戦闘機と一式陸上攻撃機は、日本ではこちらでしか見られないオリジナルの復元機体である。

例えば鹿児島県の知覧特攻平和会館には、一式戦闘機三型が展示されているが、こちらは映画撮影に使用されたレプリカである。

junny-policies.hatenablog.com

一式陸上攻撃機については、その巨大さもあって日本で復元が進んでいるのはこの1機だけである。主翼やエンジンなどのパーツはある程度揃っており、今後の復元が待たれる…が、完全復元するとなると全幅26m、全長20mの大きさとなる。そんな機体をこの倉庫のような大きさしかない建物内に展示できるはずがないので、屋外展示になると思うが、駐車場を削減するか、あるいは入り口のC-46輸送機の前に並べるのだろうか。そうするとC-46が見づらくなるのでは…など、要らぬ心配をしてしまう。

入館料は、自動車館、飛行館各々で1000円が必要となる。

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古い蒸気機関車の展示もあったりする。

自動車館

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ボンネットバス。行き先は河口湖自動車博物館となっている。

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やたらと古そうな消防車。

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なぜかF104戦闘機の胴体が屋上に鎮座する自動車館の建物。

早速自動車館に入ってみよう。自動車館では、ヒストリカルクラシックカースーパーカー、そしてに二輪車の展示がなされている。時代区分や外国車、国産車の区別がされているので、時代を追って見やすくなっている。

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メルセデス・ベンツ製の世界初の自動車。自転車のような構造だが、座席後ろにエンジンが搭載されているのがわかる。

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ランボルギーニカウンタック。1970年代~80年代の車両である。この他にもキャデラック・エルドラドなどのマッスルカーやメルセデス・ベンツアルファロメオフェラーリF40などのスーパーカーが並ぶさまは圧巻である。

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実のところ僕にはあまりクラシックな自動車や二輪車のことはわからないので、見て回るだけになってしまう。かっこいいなーとは思いつつも、何となく欲しくならないのである。

飛行館

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一通り自動車館を見て回ったところで、いよいよ飛行館に入ることになる。右手のワーゲンバスが趣深く、いい味を出している。

一式戦闘機「隼」一型

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展示物は入れ替えられているが、入館者を出迎えるのは復元を終えたばかりの一式戦闘機一型である。マーキングは加藤隼戦闘隊で有名な加藤建夫少佐(戦死後二階級特進により陸軍少将)乗機をイメージしている。加藤少佐は飛行第64戦隊を率い、部隊マークとして尾翼には青い縁取りの白矢印が、隊長機マークとして主翼に白い線が装飾されている。この時代においては胴体に国籍標章(日本軍の場合は赤い日の丸)を描く必要がなかったらしい。

集合式単排気管や、眼鏡式の八九式照準眼鏡、エンジン上部には7.7mm機関銃の銃口が確認できる。主脚がつけられておらず台車に載せられた状態だが、こちらも遠くないうちに復元され、往時の姿を取り戻すのだろう。

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エンジン部のアップ。2枚プロペラは一型の特徴で、二型以降は3枚プロペラとなる。

一式戦闘機は旧日本陸軍で運用され、支那事変の1941年から実戦投入されている。その後は太平洋戦争中の南方作戦において、上述の加藤隼戦闘隊の活躍によって国民に広く愛される期待となった。本機のエンジン出力、武装、最高速度などのカタログスペックは、その後登場する連合国の最新鋭機に遥かに劣っていたが、良好な運動性と優れた加速力によって、それらの敵機に格闘戦で負けることはほとんどなかった。

戦争末期には特攻機として使用された機体も少なからずあったものの、戦争の全期間に渡って主力であり続けた名機である。ジャイアントキリングが好きな国民性もあって、圧倒的な性能と物量をもって攻めてくる連合国軍を、非力な本機が撃退するというシナリオは、当時の国民に愛されたのだと思われる。

ちなみに戦後の日本においては、太平洋戦争中の主力戦闘機といえば一式戦闘機ではなく零式艦上戦闘機のほうであり、本機の知名度は高くない。零戦と違って戦争末期でも互角に戦えていた数少ない機体だったのに、どうしてこうなったのか。

一式陸上戦闘機

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こちらも本館の目玉であり、最近ようやく胴体部分の復元が完了した。本機は旧日本海軍が運用した攻撃機である。攻撃機と分類されているが、敵艦隊への雷撃、そして陸上海上問わず爆撃や輸送の任務を任される機体である。

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本機は太平洋戦争初期は航空攻撃に活躍したものの、その後はやたらとアメリカ海軍のF6FやF4Uなどの新鋭戦闘機に撃墜された機体でもある。あるいは海軍甲事件における山本五十六海軍司令長官の最期の乗機として、知っている人は知っているくらいだろうか。

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復元待ちの一式陸上攻撃機の火星エンジン。4枚プロペラが装備されているため、本機の一式陸攻は二四型以降としての復元となるだろう。

一式陸上攻撃機の現存機としては、アメリカ・カリフォルニア州のプレーンズ・オブ・フェイム博物館に、撃墜された状態で保存・展示されているものがある。しかし復元機体は、世界を見渡してみても本機だけである。その意味で大変貴重な機体である。

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零式艦上戦闘機

この小さな空間に、3機もの零式艦上戦闘機が展示されている。

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零式艦上戦闘機の決定版である五二型。推力式単排気管の特徴的な排気管が突き出ているのがよく分かる。エンジンカウルの下部は、内部構造を理解しやすいように取り外されている。

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零式艦上戦闘機二一型。航空母艦に収容するため、スペース確保とエレベータのサイズに適合させるため、翼端は50cm折り畳めるようになっている。塗装についても、国内の零戦現存機はほぼ五二型かそれ以降のため暗緑色で塗装されているが、本機は太平洋戦争初期の三菱明灰色で塗装されており、その意味でも非常に貴重である。

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骨組みだけの状態で鋼板貼り付け前のモデル。機体構造が理解しやすくなっている。

その他の展示

その他、個別に館長が収集した部品も充実している。

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三式戦闘機「飛燕」に使用されたアツタエンジン。日本機では珍しく液冷式のエンジンで、ドイツのダイムラー社製エンジンのOEMである。排気管が6本突き出ており、V型12気筒であることもわかる。こちらのエンジンは高い工作精度が要求され、必要数が生産できず、エンジン装着を待つ三式戦闘機の首なし機体のみが川崎航空機の工場に並べられたという。

ちなみにその後、三式戦闘機の機体にはより強力な空冷エンジンである金星エンジン(ハ112)が装備され、五式戦闘機として戦争末期の防空戦闘に活躍することになった。

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四式戦闘機「疾風はやて」に搭載された誉エンジン。2000馬力の大出力(零戦の栄エンジン約1150馬力のほぼ倍!)を誇ったが、故障しやすく稼働率に難があったという。

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同上、陸上爆撃機「銀河」に搭載された誉エンジン。性能は良かったがやはり稼働率に難があり、「国滅びて銀河あり」などと評されてしまった。

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零式艦上戦闘機に使用された栄エンジン。台車に「中島飛行機株式会社」と書かれているのが地味に趣深い。

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四式戦闘機「疾風」の垂直尾翼(方向舵)。

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太平洋戦争中に最も使用された九一式航空魚雷。全長は5mを超え、重量は800kgにもなる。一式陸上攻撃機もこちらの魚雷を装備し、雷撃任務に就いた。

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ロケット特攻機「桜花」。いわずと知れた「人の命を部品にしてしまった」悪名高き機体。連合国では「BAKA」と呼ばれている。大戦末期の一式陸攻の相方で、設計上は最大武装で800kg航空魚雷を抱えることができた一式陸攻も、重量2.4トンにもなる本機を腹に抱えると、よろよろと低速で飛行するしかなく、当たり前のように連合国戦闘機の餌食となった。

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世界初の飛行機「ライト・フライヤー1号」の実物大復元機。

新型コロナウイルスの影響によって、2020年の夏の開館は見送られたが、大人も子供も楽しめる博物館である。また展示物との距離が非常に近く、部品の接合部分や鋲など、工業生産品としての特徴を間近で捉えられるのも非常に評価できる。親子の夏休みの自由研究に、あるいは飛行機や自動車が好きな人は、こちらの博物館の訪問を是非検討してほしい。2021年8月、本館が開館することを僕は祈っている。

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