非モテ系のままで生きていくブログ

管理人は、寺社仏閣と鉄道と飛行機と猫を愛する非モテ系。モテないままで、流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。旅行したり仕事とか人生とか考察したり。

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婚活をマーケティング分析したら非モテの婚活市場価値が分かった

僕の友人がとうとう婚活を開始した。マッチングアプリというのを使って、女性とのマッチングに日々勤しんでいるのだという。僕は相変わらず結婚願望が湧いてこないし、結婚にはまったく焦っていない。むしろ結婚していないことに焦っていない自分に焦っているという、なんとも不思議な感覚ですらある。まぁとにかく、この際自分の婚活における市場価値の低さを身をもって理解するのも悪くないと思い、僕はリクルートが提供している「ゼクシィ縁結び」というアプリをダウンロードしたのである。

婚活アプリにおける非モテの僕の市場価値

婚活のマーケティング分析に入る前に、非モテが婚活アプリをやってみた所感について簡単にまとめておこう。

婚活アプリやマッチングアプリというのは、自分の属性やスペックが全てパラメータ化される。最初の性格診断で、合理主義者なのか熱血漢なのか勤勉なのかという大まかな性格が定義される。

年収は200万年単位でレンジが刻まれる。年収400万円~600万円の場合、420万円の男と590万円の男はその価値が大きく違うはずだが、なぜか同じスペック扱いされてしまうのは面白い。身長は1cm単位で設定する。もちろん年齢も重要な要素だ。趣味も選ぶし、子供の有無や共働きの可否など、細かい条件を設定・検索時に絞り込みできるようになっているわけだ。なるほど、これが女どもから見た時のパラメータ絞り込み条件になっているわけか。すでにふるいにかけられている気分がしてきて、何ともいえない居心地の悪さを覚える。

こうして、身長は160cm、痩せ型、オタク趣味、コミュ障、年収は400~600万、子供は不要、共働き希望などの条件に、顔の造形の悪さがにじみ出ている僕の証明写真が掲載されたプロフィールが出来上がった。自分でも惚れ惚れとするほど地雷物件だ。しかもこれは見えている地雷だ、そういう意味では地雷物件ですらない。ただの爆弾だ。よくこのスペックで結婚したいとか考えたね、バカなんじゃないの?キモい…という女どもの声が聞こえてくるようだ。そんなことはこの僕が一番良く知っている。こんな男と結婚を考えるような女がいるわけがない。

こうして婚活アプリに登録した後しばらくして、僕はあまりにも恋愛強者どもに有利なこの世界に絶望する。おそらく僕のことはこのアプリのほぼ全ての女どもに見えていないのだ。その理由の1つは160cmという身長だろう。考えてもみるがいい。身長にこだわらない女がいたとして、ならばこの僕よりも背の低い150cmの男がマッチングされたとて、その男と積極的に交際してみる気にはならないはずだ。

僕はこの女の矛盾を見抜いている。この女は嘘は言っていないが、本当のことも言っていない。身長にこだわらないのはこの女の本心なので嘘ではない。しかし、それが自分で考える一定水準(多くは「自分の背よりも高い」)を満たしている場合に限ることを言っていない。どちらかというと後者の「一定水準以上」が本質に近い。この本質を語らない限り、この女は本当のことを言っていないのだ。 そういう女の検索画面に僕が表示されても、身長160cmのパラメータを見ただけでそれはスクロールされていくのだ。あぁ、ありありとその光景が浮かんでくる。あるいは最初から身長170cm以上とかの条件で絞り込めば、そもそも僕はやはり、存在しないも同然だ。

また、年収についてもイメージしやすい。少しいい生活をしたいと思ったり、自分にもそれなりの収入があった上で世帯年収を1000万円にしたいと考えるなら、年収は600万円以上で絞り込む必要がある。そうすると当然僕は存在しない。 あるいは身長も年収も条件を満たしていたとして、今度は子供の有無や夫婦生活の方針のハードルがあるし、さらに写真という判定もある。写真の写りが悪かったり、あるいは「清潔感」とか「いい雰囲気」が感じられなければ、その男とマッチングしてみようという気にはならないだろう。

結局、重要なのは容姿と身長と年収なのだ。容姿は重要だ。ときめきも何も感じない容姿の男に、そもそも会うインセンティブがないからだ。時間も金ももったいない。誰もそんなに暇ではないのだ。「全然タイプじゃなかったけど、会ってみたらいい感じに…」というのは、アプリ上ではなく、リアルの方で友達が熱心に勧めてきたとか、そういうキッカケがない限りありえない話なのだ。

僕がなぜここまで、自分が存在しないも同然だと言い切れるのか。婚活アプリには足跡機能というのがあり、僕のプロフィールを読んだ人が誰なのかわかるからだ。僕への足跡は3日か4日に1つ付く程度だ。お互いが「イイネ」を贈りあうと晴れてマッチング成立となるが、イイネが来ることもない。これが僕の婚活市場における価値なのだ。あぁ、僕は無価値だ。僕はこの結果を、婚活アプリをやる前から知っていた。その時点ではそれは仮説にすぎなかった。しかし今、僕は確固たる証拠をもって、僕の無価値を証明することができる。

婚活をマーケティング的に分析する

さて、いよいよマーケティング分析の話に進もう。今回使うのはファネル分析という手法である。ファネルというのは、ある行動の達成に至るステップごとに、脱落が増えていくという分析である。各々のステップで脱落を減らし、次のステップに続く数を増やすことが意図されるのが一般的だ。おそらく婚活にもファネルがあり、当てはめていくと、足跡→イイネ→マッチング成立→メッセージ→面接→交際→成婚というステップが存在する。この各ステップにおいて脱落者を抑制しつつ、1人と成婚に至るわけだ。

婚活については、オフラインコミュニケーションである面接が1つのゴールとなる。例えば、1人と面接するには5人とのメッセージングが必要だし、メッセージングを5人とするには10のマッチングが必要だし、10のマッチングには30のイイネが必要だし、30のイイネを得るには60の足跡が必要なのだ。面接の数を増やしたければ、メッセージングの数を5人から10人に増やしたり、あるいは10のマッチングを20のイイネで達成できるようにするなどして、効率的に面接に至る数を増やしていくというわけだ。

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…というのは非モテ属性ではない男の話である。僕はそうはなれない。仮に上のファネルが正しいとして、面接に至るまでに非モテである僕は100もの足跡が必要だとしよう。足跡など3日か4日に1つ付く程度であるのだから、1人と面接するのに必要な60の足跡を集めるだけで、1年も2年もかかってしまうだろう。そうしてようやく1人との面接にたどり着くのだ。企業なら新サービスの開発や特別オファーみたいなインセンティブを準備して集客するが、自分のスペックなどそう簡単に変えられるものではないから手の打ちようがない。しかもその間、刻々と僕は年令を重ね、さらに市場価値は下がっていくというスパイラルに陥っていく。

これほど非効率で生産性に乏しいことはない。それまでに僕はどれだけの金と時間と体力と精神力という有限のリソースを消費しなければならないだろう。一般の企業なら、これほど獲得にコストがかかるようなビジネスなどクローズしてしまうだろう。言い換えればそれはつまり、意味のないことだ。非モテが婚活するというのは、意味のないことなのだ。婚活するくらいなら、何か別のことを、それが資格の勉強でも昼寝でもギター練習でも何でもいいのだが、そういう自分のために時間を使うことのほうが、圧倒的に人生が充実するのではないか。

女性側も格差社会を極めている

性的資本主義という概念で捉えてみよう。性の価値は若い女のほうが高い。結婚適齢期といわれる20代中盤~後半の女が、どれだけ多くのイイネを集めているか!その数は100を大きく超えている。それだけその女を「アリ」だと判断した男の数が多いということだ。理由は簡単で、子供がほしいからである。子供の母体は若ければ若いほど望ましいという男どもの意向が反映されているのだ。性的価値とはつまりそういうことである。

いっぽうで地方住まいだったり、写真の印象が良くないと思われたり、あるいは年齢の高い女へのイイネの数の少なさよ!それでも僕と違って0ではないところに、男の動物的な性を垣間見る気さえする。こうして数字で可視化されるのは、普段見ないようにしている「格差」がはっきりと目の前に現れたようで、大変いたたまれない気持ちになる。つまるところ僕たちは、この婚活マーケットの中では(女どもと同じように)異性の品評会をしなければならないわけだ。

資本主義の世界では、金のあるところに金が集まるというのが定説であるが、性的資本主義もそれと同じである。性的価値の高い女には次々と男が集まってきて、それによってその女の性的価値は、需給の関係によってさらに高まる。そうでない女は大した男など集まってこず、価値は高まらないままだ。そしてそもそも供給する側である男の価値は、相対的に女よりも低い。現実世界と同じように、女のほうが選ぶ側であることは変わらないのだ。このように婚活マーケットは、資本主義世界と同じように、格差社会を極めた世界である。

ところで、男のイイネの数はわからないが、年収が高く高身長の層はやはり価値が高いのは容易に想定できる。

婚活は結婚したい非モテを救わない

見たところ、婚活市場は、全てが数字の世界のようだ。パラメータの良し悪しで成否が決まってしまう残酷な世界だ。 実のところ、マッチングアプリで婚活ができるのは、たまたま出会いのある環境に恵まれなかった陽キャリア充どもであり、環境が環境なら問題なく結婚できていた連中だけではあるまいか。

僕の知り合いが語ったところによれば、「婚活アプリはナンパ場である」ということだ。あぁ、そうなのかもしれない。つまり女どもはナンパ待ちなのだ。ナンパについていくのは、ナンパしてきた男が魅力的であった場合に限るじゃないか。そうなると、そもそも魅力に欠けてきたことによって非モテでありつづけた男たちは、この世界でどうして成功できるのだろう。

僕は今回婚活アプリを経験してみて、これは非モテを生涯独身の運命から救い出すプラットフォームではないと思われると結論づけた。僕はこういった、自分の劣等感が刺激されるようなメディアからは距離を置くことにしている。婚活アプリについては理解できた。いつまでも僕の市場価値の低さを認識させて僕の気分を沈めるようなアプリなど、もう用済みだ。こうして僕は婚活アプリを削除した。

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