非モテ系のままで生きていくブログ

管理人は、寺社仏閣と鉄道と飛行機と猫を愛する非モテ系。モテないままで、流されることなく、流れるように、頑張らないで生きていく。旅行したり仕事とか人生とか考察したり。

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どうせ非モテだし女性不信について考えようぜ

女性不信になってしまった?なるほど結構なことだ。安心してほしい。僕はこのエントリで、読者の女性不信を解いてやろうという気はまったくない。だから対処法とかも書いてない。そうではなくて、僕はその女性不信にむしろ同調し、その心の傷に寄り添うものである。こうして女性不信を抱えつつも、非モテ人生を穏やかに過ごしていくことについて、考えてみよう。

まず、非モテである僕たちはなぜ女性不信に陥ったのか、考察を試みよう。

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人によって対応を変えるという不誠実さ

僕たちが美女とブサイク女で対応が変わってしまうように、彼女たちも男の美醜によって認知や態度が変わる。僕の場合の女性不信はこれである。

非モテ男性が女性に積極的になればやたらアピールしてくるウザい男と疎まれ、消極的になれば何を考えているかわからないキモい男といわれる。非モテ男性が強さを見せれば暴力男であると非難され、非モテ男性が弱さを見せればウジウジナヨナヨした弱い男だと軽蔑される。非モテ男性が女性ウケのいい趣味の話をすれば狙いすぎていてキモいと言われ、趣味に没頭していれば女にモテないから趣味に逃げたヘタレだと言われる。

junny-policies.hatenablog.com

03 名前:マジレスさん 投稿日:2006/05/23(火) 12:27:42 id:V1h6tfsn
>>101

不細工まじめ:がり勉                 イケメンまじめ:知的
不細工マッチョ:デブきもい           イケメンマッチョ:スポーツマン
不細工暗い:根暗キモイ            イケメン暗い:クール
不細工面白い:笑われ者            イケメン面白い:人気者
不細工高学歴高収入:金の亡者       イケメン高学歴高収入:エリート
不細工リーダー:調子に乗るな.          イケメンリーダー:頼りがいがある
不細工おしゃれ:勘違いもいいとこ       イケメンおしゃれ:イケテル
不細工低身長・高身長:キモイ・怖い.   イケメン低身長・高身長:カワイイ・カッコイイ
不細工フリーター:さっさと就職しろボケ イケメンフリーター:夢に向かってがんばってね
不細工マニア:おたくキモイ、敬遠される イケメンマニア:流行の発信源、関心持たれる
不細工子供っぽい:いつまでたってもガキ イケメン子供っぽい:子供の心を忘れない
不細工童貞:一生そのままでいろ      イケメン童貞:私が捨てさせてあげるわ
不細工香水:悪臭公害                イケメン香水:女を寄せ付けるフェロモン
不細工告白:ストーカー・消えろ.        イケメン告白:最高のシチュエーション
不細工レイプ:逮捕                 イケメンレイプ:感じる
不細工自己中:激しくウザイ             イケメン自己中:自分をしっかり持っている
不細工バンド:身の程を知れ.          イケメンバンド:最高にカッコいい

このコピペは非モテ側である僕から見ても少々極端にすぎるが、イケメンと非モテ側の認知の違いを説明するには説得力があるだろう。僕の経験でいえば、過去に僕が電話番号やメールアドレスを聞いた時、女性はそれをさらりと流したのである。「今電池切れているからまた今度ね」とか言って。その一方で、もちろんイケメン陽キャ君には連絡先を教えている。他にも、誰かを好きになったら、なぜかそれが広まって、「管理人くんに好かれてるなんて○○ちゃんかわいそうwww」って茶化して、バカにされたこともあった。

女性どもは、イケメンと非モテによって認知が異なることについて、「清潔感」とか「生理的に無理」という曖昧な言葉で説明する。これが僕にとっての女性不信のポイントである。女性どもは「私はイケメンか非モテかによって対応を変える人間である」という彼女たちにとっての事実を、上辺だけの言葉という薄汚い布で覆い隠そうとしている。この事実を表明しないことが不誠実であるから、僕は彼女たちが信用できないのだ。あるいは彼女たちは、その事実を口に出すことによって、目の前の非モテを傷つけることを回避している。それはそれで理解はできるけれど。

キモいという言葉の破壊力

加害性を隠すという不誠実!この文脈で、僕は「キモい」というパワーワードに言及しないわけにいかない。

男女問わず、すべての人間は何かしらの加害性を持っている。自分だけが清廉潔白だと驕ってはならない。その加害性は存在するべきなのに、そしてその加害性こそ彼女の真実の1つであるのに、それを直視しないのは不誠実である。

「イケメンか非モテかによって対応を変える人間である」とあわせて、もう1つ忘れてはならないのは、その事実による自らの加害性を必死に覆い隠し、あるいはそれを認知しないように努力しているという点である。そのため彼女たちは、僕によって「傷つけられた」被害者でなければならない。そこで発せられるのが「キモい」という言葉である。

僕はそれを聞いて笑うだろう。「キモい」という言葉によって、すでに彼女たちから十分に加害されているのだから、今更隠したって遅い。

どうしてこのようなことになるのか。それは「キモい」ほど便利な言葉はないからだ。「キモい」というのは、言った側が「自分が傷ついた、または不快に思った原因」を言われた側に帰し、それを侮辱しつつ「そう思わされた被害者である」という立場を守れてしまうというパワーワードである。非モテ男性が何をしようと、女性がそれをキモいと言ったなら、その女性にキモいと言わせた非モテ男性が悪いことになるのである。

僕はどれだけ他人からキモいと言われても、冗談でもこの言葉を他人に投げつけるような卑怯な真似はしないと心に決めている。そしてキモいと言われた側の僕は、たまらなく不快を覚える。女性諸君、自分が言われて不快になる言葉を人に言ってはいけませんって、子供の頃に習わなかったかな?この能無しどもめ。自らの不満を表現する語彙力すら子宮に置き忘れてきたか。

金がモテている。非モテはモテないままに

女というのは残酷な生き物だ。非モテが恋愛弱者であると判断するや、こうして全力で攻撃し排除しにかかる。何かの野生動物でそういう習性をもったものがいるが、本能的にはこの動物どもと通底しているものがあるのだろう。この動物の世界では、一部の優秀なオスが多くのメスを独占し、「弱者」である非モテ側のオスは子孫を残すことがない。こうして強い個体のみを次世代に継承するという生存戦略をとっているのであるが、僕たちの世界においては、非モテ男性がその淘汰される側にある。だから僕たち非モテは社会的には弱者の側である。

かつては狩りによる獲物が強さの証明であった。現代では稼ぎ出す金の大小でその強弱が決まる。僕が何かの間違いでモテるようになったならば、それは疑いなく、僕が金を稼ぐことができると認知されたからである。金がモテているだけだ。僕という人間がモテているわけではない。非モテは金を持っても非モテのままである。金を持った非モテに近づいてくる女には気をつけなければいけない。彼女はその非モテに金がなければ、近づきすらもしなかったことだろう。

女性がこうして金の有無で態度を変えるところは、上述のイケメンと非モテの対応の違いと本質的に変わっていない。先程の「誠実さ」に通じるところがあるのだが、ここで女性が何と言うかがポイントである。人間性に惹かれたとか言うのなら気をつけなければいけない。非モテ人間性なんか暗黒に染まりきっているのだから、もしそれが本当であるならば彼女は相当の暗黒である。

僕が付き合うことができるのは、僕の人間性や考え方を好きになってくれる女性ではなく、僕の金が目当てであると明確に目的を明示できる女性である。なぜならそれが真実であるからだ。

ある日太陽が西から昇り、僕がもしパートナーを得る機会があったとしよう。その時彼女は説明しなければならない。昔の僕がモテなかったのは、容姿に優れず勉強もスポーツも人並み以下で魅力がなかったからであること、そして今僕をパートナーにすることを許容したのは、僕には金があるからであり、その他の人間性は一切考慮されていないことを。

風俗嬢とかいう最も信用できる女性

実は女性不信の非モテであっても、性欲に負けて女性と触れ合いたいと思わないわけでもない。そんな非モテが安心して女性と触れ合える場所が性風俗である。

性風俗というのは全てが金銭を通じた取引である。女性の体も笑顔も。僕に向けられた笑顔には、支払われた金銭=明確な対価という、それが僕に向けられるだけの根拠がある。だからその笑顔だけは信用できる。恋愛などと違って、何がなんだかわからないということがない。

信用できる相手とのコミュニケーション、それが笑顔とイチャイチャラブラブに満ちたものであったなら、どれだけ心が安らかになれるだろう。しかも店を出たあとに一切の後腐れがない。だから僕が帰ったあと、その女性が陰で何を言おうが気にすることはない。何しろクソ男クソ客と罵られているか、ただの金の出元であると認識されているのみであるかのどちらかなのだから。いずれにしてもよく思われてはいないことは確定的であり、その確実さもまた信用できるし、むしろ快適でさえある。一挙手一投足の裏を考えたり、会話の中の解釈をあれこれ考察する必要さえない。なんて気楽なんだろう。

こうして風俗店のコンパニオンとは、非モテからみてとても安心できる存在となる。彼女たちとは確実性の高いコミュニケーションができるから、心地良く感じるのだ。

さて、こうして僕は非モテの立場から女性不信というのを考察してみた。女性がこのような生き物であると折り合いをつけられれば、理解不能であったことが理解できることになる。わからないことがこうして減っていくことは、静かに安らかに生きていくことに貢献するはずだ。これからも僕たちは、可能な限り最大限に女性と距離をおいて、安らかに生きていくことにしよう。

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