非モテ恋愛弱者のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、恋愛弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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テレビを見るとバカになる←正しかった件

テレビを見るとバカになる

テレビを見るとバカになる、とはよく言われたものである。僕も子供のときにそんなことを言われたような記憶がある。僕にそう教えたのは、親か祖父母か覚えていないが、どうも僕はこの教えは相当程度正しいものだと思っている。

当時「クレヨンしんちゃん」とか「ちびまる子ちゃん」が放送されていて、しんのすけの「おいみさえー」みたいな呼びかけや、まる子の気怠げな話し方が、親世代にはあまり受け入れられなかったこともあるだろう。

コロナ禍でもテレビの扇動は有効だった

僕今この「テレビを見るとバカになる」を思い出したのは、新型コロナウイルスの騒ぎがあったときだ。コロナ禍において、テレビでは様々な国の感染状況が伝えられ、あるいは医療崩壊のようなメッセージを配信し、ある時は品薄になったスーパーやショッピングセンターの商品棚を配信した。これによって愚かな大衆どもは、品薄となったトイレットペーパーを買い求めたり、またはマスクを転売ヤーから高額で調達し養分となるなど、混乱を極めていた。

こうしてメディアの報道に右往左往する大衆という構図は、昔から変わっていない。昔みのもんたが司会をやっていた「おもいッきりテレビ」という番組があったが、あれも結構健康のために〇〇を食べるといい、みたいな特集をやっていて、夕方のスーパーではその食品が売り切れる、ということが多々あった。

今から思い返すとこれは恐ろしいことで、メディアが発信した情報で自分の行動を決める連中が相当数いるということである。これはつまり、メディアが右といえば右を向き、左といえば左を向く。何も考えずにメディアの情報を受容し、そして行動に移すという行動様式をもっているということは、そのメディアが仮に誤った情報を流したとしても、それに流されて行動するということだ。

メディアは今なお、大衆の支配者だった。

太平洋戦争時から進歩しないメンタリティ

僕はこの状況を知っている。80年前の太平洋戦争時がそれである。一言で言えば、メディアが大衆を扇動したのだ。これを推進したのは当時の朝日新聞などだった。この新聞やラジオなどのメディアは、大本営発表に従って戦勝に次ぐ戦勝を報じ、朝日新聞東京新聞産経新聞も、戦争継続のスローガンとともに戦果を報じ、あるいは鬼畜米英だの八紘一宇だのを宣伝してまわった。

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ミッドウェー海戦の勝利を報じる朝日新聞日本海軍は空母4隻を喪失し敗北したが、アメリカ軍は空母1隻のみを喪失したのみ。「太平洋の戦局此一戦に決す」は、明らかに日本軍に不利に決したとも読めるか。

そしてそれをまともに受け止めた国民は、さらなる戦果を求めて戦争継続と戦線の拡大の圧力を政府にかけた。おかげで軍部は、戦局が悪化しても撤退できなくなったりすらした。

この間国民は何をしたかというと、お国のためだと金属製品を供出し、あるいは兵隊として男子を戦場に送り出し、戦争に協力しない市民を非国民だと迫害していた。

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台湾沖航空戦でアメリカ艦隊を多数撃破したことを伝えているが、戦果の実態は重巡洋艦2隻を大破させたのみ。

こうして同調圧力を強めていった中で、戦争末期に至っては自らの街が空襲に遭いながらも、戦争に協力する意志を捨てず、玉音放送終戦詔勅を聞くに至るまで、偉大なる大日本帝国の勝利を、無様にも信じていた。

今まさに東京オリンピックが盛り上がっているが、あれだけオリンピック中止論を唱えていた朝日新聞をはじめとする左翼系メディアが、サッカー日本代表の快進撃や柔道の金メダル獲得を大盛り上がりで報じるのにも、既視感がある。

やはり80年前、あれだけ鬼畜米英だの何だのスローガンを掲げて戦争を煽っていた当時の新聞が、戦後になってすぐさまマッカーサー元帥の趣味はゴルフと映画」と報道するなど、親米よりに傾いたダイナミック掌返しがあったのだ。

www.huffingtonpost.jp

メディアというのはそういうものだ。時の権力や社会の空気に屈服する。

そして、平気で嘘もつく。

戦争という非常時の話をしたが、これはこの令和時代、コロナ禍という非常時にも同じことが起こった。日本人の、メディアに踊らされやすいメンタリティは、100年経っても変わっていないのだ。

そうだ、あれから80年。元号が2度も変わり、令和時代を生きる僕たちは、メディア・リテラシーを高めなければいけない。メディアが流す情報を常に疑い、検証していく必要がある。

主婦や高齢者はテレビを好む

そもそもメディアを情報源として信頼している人々はどれだけいるのか?僕はほとんどテレビを見ないのでわからないが、午後のワイドショーや夜のバラエティ番組くらいしか見ないという層はそれなりにいると思われる。

あぁいうコンテンツはライトノベルと一緒で、平易な表現を多用する。つまり内容を理解するためのストレスが少ないうえに、専門家的な人が出てきてちょっと話せば容易に権威づけされる(例えば、医師と医学博士の違いがわからない人は多い)し、分かった気にもなってしまうから、少々頭が働かない主婦層には好まれる。

また上述の「おもいッきりテレビ」の例でわかるように、少なくとも在宅のことが多い専業主婦や老人世帯などは、テレビによってその行動を決めてしまう程度には、情報源として信頼をおいているのだろう。

ジャーナリズムと広告収益

メディアはジャーナリズムを金科玉条とし、権力に対してペンで戦い、たった1つの真実を提供することを存在価値としている。果たして本当にそうだろうか?

僕たちが理解しておかなければいけないのは、メディアの本質である。あれは営利団体である。彼らの売上がどこからきているかを考えなければいけない。彼らの売上はスポンサーが支払う広告費用である。そのため彼らは視聴率を重要視する。理由は簡単で、視聴率が高ければスポンサーからの広告費用が上がるからだ。

さてこの場合、ジャーナリズムはどのように広告収益と両立するのか?ジャーナリズムで収益は上がらないが、広告は収益が上がる。となるとやはり広告費用を上げることが重要になる。となれば視聴率を上げること、視聴率を取りやすいコンテンツを並べること、その中には真実を含むこと、ということをやれば、真実を伝えるジャーナリズムと、収益を上げる広告費用との両立が図れる、というわけだ。

不安を煽り、視聴率を高めるテレビの戦略

メディアは視聴率を取るための戦略にも長けている。その1つが、日々報道される感染者数報道や、専門家をゲストに招いて新型コロナの恐怖を煽ることだ。こうしたコンテンツを手を替え品を替え配信することで、視聴者はさらに不安になり、その不安を解消するための情報が何かないかとテレビに釘付けになる。そして視聴率が上がって、広告収益が上がる、というわけだ。

あれらの報道は、事実を届けることを目的としていない。視聴率を上げて広告収益を稼ぐことが目的だ。

人間は不安に陥った時、その不安を更に増幅、あるいは固定化するような情報を好むようになる。メディアが不安を煽る→視聴者が不安になる→さらにコンテンツを視聴する→視聴率が上がる→広告収益が上がるという循環が発生し、より人々の不安は固定化され、メディアは視聴率を高めるためにさらに恐怖を煽るようになる。

コロナウイルスの死者、世界累計で400万人」という報道を見たか?これは東京の感染者数の減少傾向が続いていたある日、突如報道されたものだった。僕自身はこれを聞いて、累計という増え続ける指標の単なる定点結果から何を読み取るのだ?と疑問に思ったものだが、愚かなる世間一般はそうではなくて、「全世界でコロナ禍がとどまることを知らない」「なんとかならないのか」と不安に陥っていた。

見事なものである。メディアは大衆の心理を操作する方法をよく心得ている。

親に「テレビを見るとバカになる」と言い返そう

こうしてテレビを中心としたメディアばかり見ている連中は、コロナ恐怖症に陥ったわけである。実際のところ、コロナの致死率は70代以上が少々高いくらいで、60代以下の人々にとっては雑魚ウイルスだということが統計的に分かっている。

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しかしこの統計が教えてくれた事実を、テレビばかり見る連中は知らない。真実を知らない。真実を知ろうともしない。あるいは真実を自分は知っているものだと認知している。これをバカという。テレビを見るとバカになるとは、つまりこういうことである。

若い人はテレビを見ない。今テレビを見るのは僕たちの親世代だ。このままでは親世代がバカになる。

僕たちの世代は、親に「テレビを見るとバカになる」と教えられたことだろう。そして今、この親世代がテレビばかり見て、コロナ恐怖症に陥っていないだろうか。そうだったなら、今一度その親に「テレビを見るとバカになる」と教えてやるがいい。健闘を祈る。

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