非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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ネトウヨだった僕が愛国に無関心になりつつある件

ネトウヨだった黒歴史

おそらく20歳を少し過ぎた頃から25歳ごろにかけて、僕はネトウヨだった。

なんとなくインターネットの声に踊らされたのだと思う。また僕は大学でもぼっち系で浮いていたから、何らかの「強いもの」に所属する必要があった。鳩山由紀夫総理大臣率いる民主党政権全盛期の当時、僕は中国や韓国、そして左翼を攻撃し、万世一系天皇が世界中から尊敬を集めるという日本国そのものへ所属する側へと身を置いたのだ。

そしてこの美しく歴史のある日本国を中韓や左翼どもに破壊されることを憂い、またそう行動を助長する民主党政権の連中にも怒りを燃やし、そのような危機に瀕している日本国をどうにか再起させ、輝かしい日本を将来の世代に受け継いでいこうなどと決心していたのである。

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そういえば草莽崛起と書かれた旗と日の丸を持って渋谷から六本木まで練り歩く謎のデモにも参加したことがあったし、またお盆の頃になれば、クソ暑い中にもかかわらず靖国神社に喪服で参拝するという謎行動を行なっていた。これについては今から思い返すと本当に意味がわからない。

当時僕は若かった。僕はおそらく寂しかったのだろう。僕自身が何かの一員になることが必要だと思えたし、中国や韓国の攻撃性に気付いていない周囲の連中に対しての優越を感じることで、自尊心を維持していたようにも思う。

今ではまったくそんなことを思っていない。日本という国にそこまでの愛着を僕は感じていないし、滅ぶなら滅ぶがいいとすら思っている。また日本という国の行末などさして興味はなく、僕が生きているうちはまぁ存続してもらいたいが、それ以降のことは全く無関心である。

涙をこらえながら特攻隊員の達筆な遺書を読み、戦争への怒り、アメリカへの憎しみ、中国や韓国やソ連などへの侮蔑を燃え上がらせた僕は、いったいどこへ行ってしまったのか。

民主党社民党を嫌い、自民党やかつての右翼的政党「新風」に投票した僕とはいったい何だったのか。

嫌韓や嫌中はどこへいったのか。

あのエネルギーは消えて無くなってしまったのか。

僕が歳をとったのだろうか、それとも経験を積んで分別を弁えるようになったのだろうか。何しろ僕はこの年になってマルクスの「共産党宣言」とか毛沢東の「毛主席語録」とかを教養のために読んでいるくらいだ。昔であったら投げ捨てていたかもしれないのに。それらの本がヒトラーの「我が闘争」と並んで本棚に鎮座しているのも、自分で突っ込みたくなるくらいに面白くある。

おそらくこれは、僕に未来があるかないかの話なのかもしれない。20代の僕には未来があった。30半ばの僕には未来がない。だから20代の頃の僕は、ネトウヨなりにこの国の未来を憂いてもみたが、あと40年も生きれば上等と考えている今となっては、それほど関心がもてない。

人生における10年というのはこれだけの重みをもつらしい。僕は自分の考えがこれほど変わるとは思っていなかった。そして今そんな自分を振り返ってみると、どこか寂寞の感がある。若かりし僕自身は今や遠い彼方にいる。僕の前にあるのは、ネトウヨでもなく左翼でもなく、ただのノンポリとして生きる未来しかない。そして多分、それでいいのだ。ネトウヨだろうと左翼だろうと、何にも属さないほうが、何にも心乱されることなく、平穏安静に生きられるだろうから。

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