非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

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眞子様ご結婚と天皇制の存在意義を考えようぜ

天皇制の危機につながる眞子様結婚問題

そもそも立憲君主制たる日本国でなぜ天皇家が、皇族が暮らしていけるのか。それは彼らが日本国の象徴であり、その安寧と平和の体現者であると見なされているからだ。そしてあらゆる意味で、天皇家は国民が納得する規範を要求される。そしてその納得感が揺らいでいるのが、今回の眞子様と小室圭氏との結婚問題だろう。

僕の理解するところによれば、眞子様は一般男性と結婚するのは別に構わんけど、皇族としての品位を貶めるような言動は許されない。大前提として、眞子様は一般人ではないのだ。だから一般人の価値観で行動してはならない。皇族としての品位は眞子様個人の事情に優越する。そう期待されるし、それに応えなければいけない。そうでなければ、国民の天皇家への敬愛は失墜する。

マスコミどもは、真子様を悲劇のプリンセスに仕立て上げたり、あるいは小室家の家庭事情に踏み込んだゲスい詮索を行なっているが、事はそんなに単純ではない。

天皇家への「信仰」を喪失する瀬戸際

実質的に、天皇制というのは日本における国家宗教みたいなもので、制度の賛否はともかく、存在する意義自体を疑われることは極めて稀である。つまり僕たちは天皇制の信徒であり、それが日本国民の共通意識になっている。だから皇族の結婚については、国民の承認は別に必要ないけれど、納得が必要なのだ。眞子様は、僕たち国民の大多数が、この男ならと納得できる男と結婚する必要がある。

眞子様の場合、このまま結婚を進めるには皇籍離脱し一般人となる必要がある。これは降嫁といって、この制度によって皇族が一般人の家系に嫁ぐことが認められている。

今回のケースでは、おそらく降嫁そのものは特段の問題はあるまい。しかし小室氏という人となりや小室家の内情がインターネットや週刊誌によって広まり、国民の間に反感が生まれたのは、眞子様にも秋篠宮家にとっても誤算だったろう。

小室氏本人は海外で弁護士資格を目指すことができている時点で極めて優秀有能な男であるのだろうが、いわゆる「チャラい」素行や小室家の借金の問題ゆえに、皇女を娶る男として不適切ではないか?という疑念が付き纏う。

しかしまあ小室氏というのも果報者で、彼は一国のプリンセスの心を射抜きそのプリンセスから想いを寄せられているが、その親に反対されている。格として最高位にある女から想いを寄せられるというのは、男としての価値が最高になるということだ。素直に羨ましいが、それにとって変わりたいかというとそうではない。真子様タイプじゃないし。

眞子様天皇家への「信仰」を揺るがす

おそらく秋篠宮様の懸念というのは、小室家への降嫁による一時金(約1億5千万円)が支払われることに国民の理解が得られるかどうか、そしてその国民の理解が得られなかった場合、秋篠宮家そのものに対しての国民からの敬愛だけでなく、天皇家そのものに対してのそれが失われることにあるのだろう。だから秋篠宮様眞子様の結婚を素直にお認めにならないのである。

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それはどれだけ2人の間に愛があるかで判断されるものではない。この場合、愛など何の理由にもならなず、それは僕たち国民の極めて主観的な感情によって判断されるものだ。

個人の自由なき眞子様。それが当たり前だ

眞子様にも個人の自由があるというのか?そんなものはない。なぜなら眞子様は皇族であるからだ。そしてそれ以外に理由がない。一般人に個人の自由があったとて、皇族たる眞子様に個人の自由を貫く道理はない。眞子様眞子様という一個人である前に皇族なのだ。仮に好きな男性と結婚できないとしても、そういう星のもとに生まれてしまったのだと諦めるしかない。

僕だって別に望みもしなかったのに、極めて偶然に貧乏な一般庶民の親のもとで生を受け、今一日を生き抜くことに苦しんでいる。同じように今人間として生きているものは何らかの苦しみを抱えており、天皇家に生まれたことが苦しみであるのなら、それはそれであるだろう。皇族に生まれた者としての宿命として受け止めるがいい。

天皇家への期待と皇族の役割を問い直す

実際のところ、僕は眞子様が誰と結婚しようが知らぬことである。しかし僕の天皇家への期待というのはただ1点、世界各国における日本への評価の維持向上である。2600年続く万世一系の一族として、世界から敬意を集め、あるいは祭祀を執り行い、その国民たる僕たちすべての利益に殉じることだ。そしてそれは精神的なものであり、一切の経済的な要素はない。

この1点のみが皇族の存在意義であり、それに寄与しない皇族は排斥されるべきなのだ。その点において、小室氏が眞子様を娶るに値するというなら、その根拠を秋篠宮様眞子様は国民に対して説明するべきだろう。それはそのまま、小室家が降嫁の一時金を支払われるにふさわしいかどうかを判定する材料になる。

何しろその一時金というのは、元はといえば僕たち国民からの税金なのだ。それが誰にどのような理由で使われるのか明らかにするという要求は合理的である。結果として一時金は支給されるかもしれないが、それで僕たちが納得しなかった場合、皇室の権威に傷がつくことは疑いない。

上の方で僕は、天皇制は事実上日本の国家宗教のようなものだと書いた。宗教において最も力になるのは、人々の信じる力である。タイ王国を見てみればわかるが、ワチラロンコン国王の支持と敬愛が低いことで、タイ王国では反体制デモが活発化し社会不安が広がっている。これはタイ国民がタイ王室を信じることができなくなったからだ。

日本において同じような状況にはならないだろうが、象徴的な国家元首を戴く国家において、その象徴が支持と敬愛を失うことは、社会を停滞させることと等しい。そして皇室がその引き金になるというなら、皇室はその存在意義を失う。

まぁ事ここに及んで、眞子様が小室氏と駆け落ちする的なストーリーもないだろう。あったらあったでそれは面白いが、眞子様と小室家が一時金を受け取り結婚するだけの理由の説明を賜われることを、僕はしばらく待ってみよう。

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