非モテ弱者男性のブログ

旧「非モテ系のままで生きていくブログ」から、弱者男性ブログに進化しました。レベル36の限界中年/異常独身/非モテのブログ。もう人生折り返しました。残りの人生を頑張らないで生きていこうと思います。なおこのブログには、モテる方法は1つも書いていません。

☆スポンサードリンク☆

平等院鳳凰堂と、日本一の浮島十三重石塔の魅力

平等院鳳凰堂。10円玉の表面に刻印されていることで有名な仏堂である。

f:id:junny-policies:20191106223840j:plain

いっしょくたに扱われることの多い「平等院鳳凰堂」という名称だが、寺院としての名称は平等院であり、鳳凰堂は平等院の敷地内にある伽藍の1つであるという関係である。この平等院鳳凰堂を目当てに宇治を訪れる人も多いことだろう。

このエントリでは、平等院鳳凰堂のみならず、その周辺にある見所をいくつか紹介したい。

平等院鳳凰堂

この敷地は、もともとは、中世日本において絶大な権勢を誇った摂政藤原道長の別荘「宇治殿」であり、それをその子である藤原頼通が寺院として創建したのがはじまりである。本尊である阿弥陀仏を安置する鳳凰堂は伽藍の中心であり、1053年に建立された。

f:id:junny-policies:20191106223847j:plain

平等院は「極楽いぶかしければ宇治の御寺をうやまへ」(極楽の存在を疑わしく思うなら、宇治の御寺に参拝せよ)とも言われている。藤原頼通は、西方極楽浄土をこの世に再現しようと試みて平等院を創建したのである。

極楽浄土思想は伽藍の配置にもあらわれている。もともとの平等院の本尊は、敷地北方に存在していた仏堂に安置されていた大日如来であった。藤原頼通が活躍した11世紀当時は末法思想が広がっており、当時の人々は西の彼方にあるといわれる極楽浄土へ往生することを祈った。西方を司り、人々を極楽浄土へ導くといわれる阿弥陀仏が、敷地西方に建立された鳳凰堂に安置されたのはこのためである。

f:id:junny-policies:20191106223912j:plain

しかし度重なる戦乱によってかつての伽藍は失われていき、現存している主要な堂宇は結果的に鳳凰堂のみである。京都に存在しながら1度も焼失していないという事実は大変重要で、そのために鳳凰堂には11世紀当時の仏教美術や塗装などがそのまま残っている。そういう意味で歴史的にも大変貴重である。

f:id:junny-policies:20191106223858j:plain

鳳凰堂の前面には、風光明媚な池を中心とする浄土式庭園が広がる。大変有名な景勝であるため、写真等でも見たことのある人も多いだろう。

f:id:junny-policies:20191106223850j:plain

鳳凰堂はかつては木製の少々みすぼらしい姿であったが、2012年から2014年にかけて修復が行われ、往時の絢爛なる姿を取り戻した。

貴重な仏像や宝物は、敷地内にある鳳翔館という小規模な博物館の中に保存・展示されている。

f:id:junny-policies:20191106223901j:plain

鐘楼。

f:id:junny-policies:20191106223919j:plain

不動堂。護法善神である不動明王を祀る。

f:id:junny-policies:20191106223915j:plain

源頼政の墓。源頼政以仁王の挙兵に参画し平氏政権打倒を目的に戦ったが、ここ宇治の地で敗死した。

f:id:junny-policies:20191106223922j:plain

鎌倉時代から存在している灯籠。灯篭に触れると、少しだけ1000年という歳月の重みが伝わってくる気がする。何百年も前にこの灯篭に触れた誰かがいたはずだ。僕はその誰かと少しだけつながった気がした。

f:id:junny-policies:20191106223757j:plain

多宝塔跡。

ところで、平等院の拝観を終えて、抹茶や蕎麦に舌鼓を打つのは素晴らしい。しかし、せっかくなのでもう少し平等院周辺を散策することをお勧めしたい。

f:id:junny-policies:20191106223835j:plain

宇治橋紫式部像。宇治は源氏物語の舞台にもなった。

f:id:junny-policies:20191106223950j:plain

木製の橋脚によって架橋された宇治橋

日本一の高さを誇る浮島十三重石塔

宇治の見所は平等院だけではない。例えばそう遠くない場所に日本一の何かがあるとしたら?少しは興味をそそられないだろうか。

平等院へ向かう参道には、飲食店やカフェ、土産物店が立ち並ぶ。挽きたての抹茶の香りが大変芳しい。

f:id:junny-policies:20191106223935j:plain

名物の茶そばなどをいただくのもいい。最初の一口はつゆにつけずに食べるのがオススメだ。

f:id:junny-policies:20191106223824j:plain

写真右側の道が平等院への参道。ここで左に逸れていき宇治川方面へと進み、川沿いの遊歩道を歩いていく。草木越しなので全景までは見えないものの、鳳凰堂を見越すことができる。

f:id:junny-policies:20191106223752j:plain

宇治川にかかる橋。赤は魔除の色であるため、欄干の色が赤いと、寺院や神社の神聖さを感じられて風情を感じる。

f:id:junny-policies:20191106224007j:plain

宇治十三重石塔。大変な迫力なのだが、どうも写真だけでは伝わりきらない気がする。

この十三重石塔、構成は一般的だが高さは15mもあり、現存する石製の仏塔としては日本一の高さを誇る宇治川に挟まれた浮島の中に立っているため、浮島十三重石塔ともいわれる。この石塔自体は1286年に建立されたものであり、宇治川の氾濫によって以後たびたび倒伏と再建を繰り返していた。1756年の倒伏後は長らく放置されていたが、1907年に川底から発掘され、翌1908年に再建されて今に至る。

つまりこの石塔は700年以上も前のものであり、鳳凰堂と並んで大変古い歴史をもつ。

f:id:junny-policies:20191106223959j:plain

宇治川対岸から十三重石塔を見上げる。根元に刻まれた梵字も明確に確認できる。

あがた神社

f:id:junny-policies:20191106223831j:plain

平等院へ向かう参道に大きな鳥居がある。平等院は寺であるにもかかわらず、だ。

この先には縣神社という由緒ある神社がある。もともとは平等院の鎮護を祈念した境内神社という高い格式をもち、そのため平等院との関係も深い。しかしながら決して規模が大きいわけではなく、県神社まで足を伸ばす人はあまり多くないようだ。

f:id:junny-policies:20191106223803j:plain

境内には御神木の巨大なむくの木がある。

f:id:junny-policies:20191106223806j:plain

縣神社の拝殿。拝殿をよくよく見てみると、木細工に大変高度な技巧がこらされているのがわかる。

f:id:junny-policies:20191106223810j:plain

こうしたところも平等院の見どころの一つだと思うし、こうした小さな発見こそが旅行の楽しみでもある。

平等院鳳凰堂を中心に、浮島十三重石塔と、忘れ去られたような境内神社の縣神社を紹介した。平等院を訪れるなら、是非鳳凰堂だけでなく、その周囲にも足を伸ばしていただければと思う。パンフレットに書いてあることだけが名刹の魅力ではない。

☆スポンサードリンク☆