とある喪男の雑記ブログ

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タレント議員が誕生するのはどう考えても僕たち国民が悪い

参議院選挙で発生する「タレント議員」

このエントリを書いている2019年7月は、参議院選挙の実施が近づいている時期で、多くの政党が公約を発表してアピールしている。

衆議院選挙と違い、なぜか参議院選挙では元スポーツ選手や芸能人などの、これまで政治と縁もゆかりもなさそうな候補者が発生する。今回の参議院選挙も、元「モーニング娘。」の市井紗耶香氏が立憲民主党から立候補を表明し、ちょっとした話題になっている。

www.huffingtonpost.jp

この現象は、芸能系に疎い僕が覚えている限り、少なくとも20年ほど前からあったように思われる。プロレスラーのアントニオ猪木氏や女子柔道選手の谷亮子氏、元SPPEDの今井絵理子氏など、多くの芸能人やスポーツ選手が政界入りしている。しかも理解に苦しむのは、彼らの中の少なくない数が当選していることである。

参議院議員に当選できれば、6年間にわたって年間1000万円以上の議員報酬を得られるため、一線を引いた芸能人や元スポーツ選手の第二の稼ぎ場所としては魅力的である。こうした金銭的動機がないわけではあるまい。

僕はタレント議員どもに大いに不満をもっている。彼らは政治においては素人であり、僕たちの税金から議員報酬が支払われたとしても、その成果が上がっているところを見たことがないからだ。

そしてもし僕たちがタレント議員に不信感をもっているのなら、タレント議員を誕生させないようにするほか、そもそもなぜタレント議員が誕生してしまうのか、考察する必要がある。

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「有名な人」ではなく「政治のプロ」に投票したい

選挙権を持つ身としては、政治問題に詳しい人に政治を任せたいものだ。僕は選挙の投票に臨むにあたり、彼らの政治家の候補者としての資質や政策を検討する。

少子化や経済、景気、財政問題、国際関係の諸々の課題など、政治で解決しなければいけない問題が山積している中で、ある日突然、芸能人やプロスポーツをやっていた人間が、それらを理解し自らの政策を考案したり、意見をもてるだけのバックグラウンドがあるとは考えられない。彼らはスポーツや芸能のプロではあったが、政治のプロではない。

政党がタレントを立候補させる理由

にもかかわらず、このようなタレントを議員に立候補させる政党の連中は何を考えているのだろうか。

僕が思うに、僕たち国民は政治家どもに舐めてかかられているのだ。なぜなら、僕たち国民に政治リテラシーがないからだ。どんな政治を望むのかを明確にできるだけの能力がないからであり、政策の詳細を語っても理解できるほどの能力がないからだ。

政治家どもは、僕たち国民がそんなわからないづくしの中でどのような行動を取るか熟知している。「有名である」ということだけは唯一理解できるから、それを根拠に、一票を彼らに投票するのだ。そうやって有名人であれば票を得やすいことを見通して、政治家どもはタレントを候補者に仕立て上げ、傀儡の投票ロボットを議席に送り込もうとしているわけだ。

タレント議員の候補者の演説を聞いてみるがいい。スポーツ教育の活性化や子育て支援など、わかりやすく耳に聞こえのいい言葉が並ぶ。その実体がともなった表現が1つでもあっただろうか。

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そう考えると、実のところ、タレント本人は当然ながら、タレントを議員候補に擁立する政党が悪いわけではない。政党とは政策を進めるための団体であり、その手段として選挙で議席を得る必要がある。当選した議員は、党議拘束をもって議決権を行使してくれればいいのである。

頭数をひたすら揃えるという戦略だ。要するにタレント議員というのは、僕たち選挙権を持つ国民の政治リテラシーに最適化された選挙戦略であり、それらが当選してしまう実例がある以上、それは一定の有効性をもつ。

タレント議員を生み出しているのは国民だった

そうだ、役に立たないと謗られるタレント議員を生み出しているのは、他でもない僕たち国民である。それは僕たち国民が政治に対して怠惰である故であり、政治的な問題に対して向き合い、考えようとすらしなかった結果である。

僕たちがタレント議員の誕生に反対するならば、僕たちはその点に本気で怒るべきだし、その反省も込めてタレント議員を発生させてはならないのだ。

「身近な政治」を望まない政治家

ところで、タレント議員のメリットは、政治が身近になるということだといわれる。本当にそうだろうか。

実際のところ、数ヶ月もすれば、僕たちはどんなタレント議員が誕生したのか忘れているし、そうして誕生させたタレント議員がどのような仕事を議員として成し遂げたのか、考察や検証をすることもないのではないか。

日々の社会生活を忙しく生きる僕たちにとって、政治というのは縁遠いテーマだ。というか生きるための労働に精一杯で、政治のことを顧みる余裕がない。これでは政治が身近になりようがないではないか。

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そしてもう1点、僕たちが政治に身近になれば、政治家どもにとっては悪夢のような時代になるだろう。僕のような名もなき一般国民から、北朝鮮問題や年金問題や安全保障問題について問われ、当を得ない回答がなされれば容赦なく論理の槍で刺されるのだ。

それは個人的には望ましい世界だが、政治家どもはそんな世界で生きたいとは思わないだろうし、あるいはそうならないように、国民を政治から遠ざけておく必要がある。タレント議員というのは、それをかわすための矢面であり、隠れ蓑としての役割をも果たしているのだ。

政治というのは、僕たちの社会共同体の理想的な姿に向けて舵取りを担うのである。民主主義政治が布かれている以上、政治に対しての責任は僕たち国民にあるから、政治家に相応しくない候補者が当選するならば、それは僕たち国民が悪い。政治が悪いのではない。タレント議員が悪いのでもない。政党が悪いのでもない。国民が悪い。

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