とある喪男の雑記ブログ

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【岩国】五連アーチの錦帯橋と岩国城を見にいこうぜ

岩国錦帯橋は、山口県岩国市にある、木造五連のアーチが美しい優美な橋である。僕は美しい人工物をこよなく愛するので、この美しい橋を一度見ておきたかった。今回広島方面を旅行するにあたり、ようやく実現できたのである。

本エントリのカテゴリは広島旅行となっているが、上述の通り岩国は山口県に属する。

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広島から岩国錦帯橋への行き方

大きく分けて、鉄道で行く場合と高速バスで行くパターンの2つがある。

鉄道で錦帯橋へ行く場合

(1)広島・岩国間をJR山陽本線で移動し、岩国駅からは路線バスで向かう方法と、(2)岩国駅岩徳線に乗り換えて2駅目の川西駅まで向かい、川西駅から徒歩(20分程度)で向かう方法がある。この場合、推奨されるのは(1)の方法である。広島・岩国間の山陽本線は1時間に4本程度が発着しており、また岩国駅からの路線バスも1時間に2~3本が出ているため、比較的時間が読みやすいためだ。路線バスはいわくにバスが運行しているが、ICカードが使えないので現金を事前に準備しておこう。

(2)の岩徳線を使う場合、岩徳線自体が1時間に1本程度しかないため、タイムロスが大きくなる危険性があるので推奨されない。

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高速バスで錦帯橋へ行く場合

広島方面から錦帯橋方面へは、広島市街中心部にある広島バスセンターから、いわくにバスが運行する便が1時間に1本運行されている。大手百貨店のそごうと同じビルなのですぐに分かるだろう。

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片道は950円だが、往復割引で購入すると1700円となるので大変お得である上に、鉄道(+バス)よりも安く、また片道1時間で直行できるため、非常に便利である。余談だが、この高速アクセスを担保するのは広島高速4号線の西風トンネルであるが、この全長3900mの長大トンネルは圧巻である。こんな便利なものをよくぞ作ったなぁ。

広島バスセンターの時刻表は以下のURLを参照されたい。

www.h-buscenter.com

錦帯橋を渡ろう

錦帯橋は、もともとは岩国城へ登城橋として架けられたもので、錦川という大きな川に架かっている。錦帯橋の名勝たる所以はその美しさにあるが、それをうまく撮影するのは大変難しい。なぜなら、近くで撮影すると、五連アーチのうちの四連までしか入らないことのほうが多いからだ。五連の美しいアーチすべてを撮影するにはいくつかの工夫がいる。以下の通り作例を挙げるので、参考になれば幸いである。

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iPhoneなどのスマートフォンを使い、パノラマ撮影を試みた例。

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錦帯橋からすぐ上流に架かる錦城橋から撮影を試みた例。

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錦帯橋の至近から撮影。近くには大型の照明があり、夜間にはライトアップされるそうだ。

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木組の構造が美しい。

錦帯橋を渡るには、往復300円か、またはロープウェー往復・岩国城見学券などがセットになった券(本エントリ執筆時で940円)が必要である。

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橋の上を歩くとこんな感じ。大きなアーチ部分は階段になっているため、意外と歩きやすい。

槍倒しの松。行列が城下を通る時、本来は行列の槍部隊は槍を倒すのが礼儀だったが、岩国藩は小藩であったため、大藩が岩国城下を通る時には槍を倒さずに通過していった。岩国藩はこの横に伸びた松を移設し、槍を倒さざるを得ないようにしたという。

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何が言いたいのかというと、岩国藩の武士は負けず嫌いで気骨あふれる連中だったということらしい。

岩国城を見学しよう

岩国城は、毛利家の有力武将だった毛利両川の1つ、吉川家の居城であった。中国地方は毛利家の支配下にあったが、関ヶ原の戦いに毛利が敗れると、毛利は広島城から萩城へ移された。吉川は米子城から岩国城に移り、吉川家は代々この岩国の地を治めてきた。錦帯橋を渡ってすぐに広がる吉香公園は、吉川家の屋敷の跡地を整備したものである。岩国城へ登るためのロープウェイが整備されている他、吉川家墓所、岩国美術館などがある。

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岩国出身の剣豪、佐々木小次郎の像。身の丈ほどもある長刀「備前長船長光」を構える。

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初代錦帯橋の架橋を指揮した吉川家3代目当主・吉川広嘉の像

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戦国時代期の武将、吉川経家の招魂碑。1581年、鳥取城包囲戦で羽柴秀吉軍に対し奮戦し、秀吉にも助命を許されたが、敗戦の責任をとって自害した勇将である。

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錦川では鵜飼が有名である。冬期は鳥小屋内で飼育されており、飼育小屋からはガァガァとけたたましい鳴き声が響く。

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白山比咩神社。吉川家歴代の鎮守として奉られた。

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白山比咩神社の境内には、錦川の水利の恵みにたいしての感謝を忘れないために建立された、錦川水神社がある。

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ロープウェイから少し歩いたところにある吉川家墓所

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その一角に、家紋である九曜紋が描かれた納骨堂がある。その他にも多くの五輪塔や墓石が並び、異様な雰囲気がある。中は迷路のように入り組んでおり、夏の夜中に肝試しをするには最適だ。

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なぜか置いてある木炭自動車。

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岩国美術館。安土桃山時代~江戸時代にかけての展示が充実しているらしいが、時間の都合上、残念ながらパス。

ここからロープウェイで登っていく。ロープウェイは毎時00分、15分、30分、45分に定期的に発着する。

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ロープウェイからは、錦川と岩国市街を一望できる。中央左下の森の中にある建物は椎尾八幡宮という由緒正しい神社である。

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大釣井。天守台に登る階段の手前にあり、戦略物資の備蓄の他、緊急脱出用の出口としても使われていたという。

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岩国城天守の近影。

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岩国城天守台。本来の天守はこの位置にあり、現在の天守から50mほど離れている。天守復元の際に、景観を重視してあえて今の位置に復元したらしい。観光業だししょうがないよね。

岩国城天守内部は博物館になっており、太刀や鎧のほか、日本の名橋や名城などの紹介もされている。

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出土した鯱。

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龍の刻印が美しい日本刀「兼先」

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天守最上層からの、岩国市街の眺望。

錦帯橋は芸術的な美しさを誇る木造橋だが、それだけを見てさっさと帰るのでは少々芸がない。僕が思うに、錦帯橋は見て終わりだけではなく、錦帯橋を架橋し維持してきた吉川家や、当時の歴史に思いを馳せるのもよい。その意味で、岩国城とセットで見たほうが、背景にある歴史などの理解が深まっていいように思う。そういう意味で見どころの多い錦帯橋エリアは1日遊べるスポットでもあるので、しっかり時間をとって訪れたい。

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