とある喪男の雑記ブログ

喪男とはモテない男のことです。寝ることと知的ぶることが好きな、意識低い系喪男の雑記ブログ。流されることなく、流れるように、ゴミみたいな人生を、頑張らないで生きていく。全体的に低スペック。絶食系男子。鉄オタ。飛行機オタ。城址仏閣好き。

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ウィーンのカプツィーナ教会納骨堂でハプスブルク家のお墓参りしようぜ

オーストリア・ウィーンを訪れるテーマは、ハプスブルク家に会いに行く」と決めていた。行程も可能な限りハプスブルク家の足跡を辿れるように計画した。シュテファン大聖堂はオーストリア・ハンガリー帝国歴代皇帝の墓所でもあり、そのすぐ近くにカプツィーナ教会(カプチーナ教会)という納骨堂があることを知った。

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シュテファン大聖堂からカプツィーナ教会へは、歩いてわずか5分である。その間僕は考えていた。「納骨堂と墓所って何が違うのだ?」。

僕が調べた限り、シュテファン大聖堂にはペストで病死した市民が埋葬されている地下墓地(カタコンベ)があるが、その一方でオーストリアで最も格の高い教会でもあるため、ハプスブルク家の皇族の墓所としても営まれている。一方でカプツィーナ教会は実際に遺骨を納めた場所であり、実質的な墓所としての機能はカプツィーナ教会のほうにあるようだ。

シュテファン大聖堂とホーフブルク王宮を結ぶ細い路地裏に、カプツィーナ教会(Katholische Kapuzinerkirche)というカトリック系の小さな教会がある。

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入場料は5ユーロ。入り口に入ると、60は過ぎたと思われる男性スタッフがにこやかに観光客を出迎えていた。彼は(多分)フランス語で、参観を終えてきた観光客と話していたが、窓口で待つ僕を見つけて、にこやかに迎えてくれた。僕と会話する時は英語で、ウィーンは初めてか、学生か、バケーションで来たのか、という会話をした。この窓口の男はフランス語、英語、そしてオーストリア公用語であるドイツ語を少なくとも話すのだ。トリリンガルか。ヨーロッパの人たちすごい。

さて、納骨堂といっても、骨がそのまま横たわっているような、そんなグロテスクなものではない。レオポルト、フランツ、ヨーゼフ、フェルディナント、シュテファン、カールといった、歴代皇帝及び皇族の名が記され、豪華な棺が並べて安置されている。棺の数は150を超える。

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階段を降りていくと、薄暗い地下室につながっており、所狭しと棺が安置されている。棺は装飾性の高いものから、十字架が彫られただけのものまでバリエーションが多くある。傾向として、18世紀後半の棺は豪華だが、時代が下るにつれて簡素化していくようだ。

さて、僕は1つ疑問を浮かべる。オカルト的な意味で、中に遺骨が眠っているという神聖な棺を撮影していいものか。特に撮影禁止でもないし、他の観光客も平気で写真を撮っていたので、僕もそれに追随して少々ビビりながら撮影することにしたのである。

ところで撮影している彼らは怖くないのだろうか。霊的な意味を棺に求めるのは日本人の文化なのだろうか。そういうカルチャーショックを受けつつ、歩みを進めていく。

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神聖ローマ皇帝カール6世の棺。ゴシック・ホラーを予感させる死神?の彫刻が特徴的だ。

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神聖ローマ帝国皇帝レオポルト1世の棺。カール6世のものより少々簡素になっている。

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奥に見えるのが、マリア・テレジアの棺である。

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カプツィーナ教会の中で最も巨大にして美しい彫刻をもつ、マリア・テレジアの棺。この威圧的な棺の中にあの女帝の遺骨が納められているという事実!僕は時空を超えて、マリア・テレジアに謁見している。

棺の上では、天使を挟んでヨーゼフ1世とマリア・テレジアが向かい合っている。

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明らかに成人前の、子供サイズの棺も見られる。

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乳幼児サイズの棺が堂の片隅に安置されている。成人するのが難しかった時代のこと。こういうのを見るのは少々辛いものがある。

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子供サイズの棺が3つも並んでいる。当時は幼くして亡くなる子供も多かった。ハプスブルク家皇族といえどもそれは例外ではなく、相当数の子供サイズの棺が堂内に安置されている。 

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「フランツの間」に安置される、神聖ローマ帝国の最後の皇帝フランツ2世(オーストリア皇帝フランツ1世)の棺。

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フェルディナント1世の棺。ウィーン3月革命で退位を余儀なくされたが、その子フランツがフランツ・ヨーゼフ1世として即位し、オーストリアは帝国としての命脈を保った。

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フランツ・ヨーゼフ1世の弟にしてメキシコ帝国皇帝マクシミリアン(マクシミリアーノ1世)の棺。

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名君と慕われたフランツ・ヨーゼフ1世皇帝の棺。「フランツ・ヨーゼフの間」にて、エリーザベト皇妃、ルドルフ皇太子とともに眠る。

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この写真の右側に移っている棺は、「最後のハプスブルク家」として知られるオットー・フォン・ハプスブルク(1912~2011)のものである。彼は最後のオーストリア皇帝カール1世の長子で、皇位継承者でもあった。

 これら1つ1つに亡骸や遺骨が納まっていると思うと、少々カメラを向けるには勇気が必要になってくる。

歴史が好きな方がウィーンを訪れる際は、ぜひこのカプツィーナ教会を訪れてもらいたいと思う。ここに来れば、ハプスブルク家の人々と、時空を超えて出会うことができるからだ。

そして、実際のところ、棺に施された美しい宗教彫刻を見比べるのは面白い。その技術レベルの高さに感動すら覚えるだろう。

ただ、雰囲気的に鬱屈した気分になってくるのも事実である。皇帝クラスの豪華なものはともかく、シンプルな子供サイズの棺が並んでいるさまは、この僕ですら少々気分が落ちる。また、これだけ多くの棺があるので、いわゆる「見える人」はおそらくダメだと思う。行ったら行ったでそれなりに楽しいだろうが、長居をするところではなさそうだ。

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