とある喪男の雑記ブログ

喪男とはモテない男のことです。寝ることと知的ぶることが好きな、意識低い系喪男の雑記ブログ。流されることなく、流れるように、ゴミみたいな人生を、頑張らないで生きていく。全体的に低スペック。絶食系男子。鉄オタ。飛行機オタ。城址仏閣好き。

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ありがとう、さようなら。懐かしの南武線205系の思い出

南武線から205系の運用が終了・引退したのは、2016年のことである。

もはや「懐かし」という言葉を選んでしまう。南武線からの205系の引退はわずか2年ほど前であるが、それから遡ること30年に渡って、205系南武線を走り続けてきた。ある種の歴史の重みすら感じてしまう。南武線といえば205系というイメージが僕の中で定着していたのだろう。

僕は一時期、東京都狛江市に住んでいたことがある。最寄り駅の和泉多摩川駅の隣に登戸駅があり、川崎方面や府中・立川方面に親に連れられて遊びにいくときは、そこから南武線に乗せられた記憶がある。登戸駅構内の売店で、いつも250mlのコーラと梅ガムを買ってもらっていた。梅ガムを噛むと未だにその時の記憶が蘇る。

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当時はまだ103系205系しか走っていなかった。

山手線に当時最新鋭のE231系が投入されるのに伴い、余剰となった205系武蔵野線八高線横浜線、そして南武線に転属となった。その余波を受けて、老朽化が進んでいた103系は、2004年に引退することになった。

さらに10年以上の時が経ち、既に大人になり埼玉県に在住していた僕は、南武線に乗る機会もほとんどなくなっていた。その間、209系、そしてE233系が徐々に投入され、205系はその運用本数を減らしていった。

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川崎駅で撮影した南武線205系。仕事帰りの一葉だが、このときに撮影しておいて本当に良かった。この撮影からわずか2年後、205系は引退することになったのである。

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現在は首都圏のJR東日本の車両系列にならって、6両編成のE233系8000番台が運用されている。先頭車両の帯にはブランディングの一環だろうか、イラストに「NAMBU LINE」の文字が入る。

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かつて南武線で運用されていた205系の編成を組み替えて、武蔵野線用に転用したケヨM51編成がある。武蔵野線を走る大多数の205系5000番台は最新のVVVFインバータ制御で制動するが、それらとは異なり、ケヨM51編成は制御方式が往時の界磁添加励磁制御のままで運行されている。MT比は6M2Tとパワフルな構成になっており、潮見~新木場間の高架~地下の急坂を登れるように設定してある。また外見はかつての205系0番台と変わらないが、パンタグラフ武蔵野線205系では唯一シングルアームになっており、容易に判別できる。南武線で運用されていたときの名残だろう。

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一部の編成は、多くの205系と同じくインドネシアに譲渡されているようである。

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僕たちは未来に向かって歩いていく。けれどもその歩き続ける力を生み出すのは、ふと立ち止まって過去を振り返る時間だ。黄色、橙色、葡萄色の三色の帯を巻くE233系が、子供だった頃の自分を思い出すきっかけとなるのも悪くない。

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