とある喪男の雑記ブログ

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世界遺産登録されて混む前に百舌鳥古墳群へ行こうぜ

www.sankei.com

大阪府堺市にある百舌鳥(もず)古墳群は、現在世界遺産登録を目指している。既に推薦書の暫定版をユネスコに提出したという。

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百舌鳥古墳群の空中写真。上段中央の大きなものが仁徳天皇陵大仙公園を挟んで左側にあるのが履中天皇陵、中央上は御廟山古墳、下段の大きな古墳は土師(はぜ)ニサンザイ古墳である。

世界遺産登録を目指しているのは、正式には百舌鳥・古市古墳群といい、堺市羽曳野市藤井寺市にまたがる広範囲の古墳群で、堺市側の古墳を百舌鳥古墳群羽曳野市藤井寺市の古墳を古市古墳群という。

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南海高野線堺東駅のすぐ近くにある堺市役所ビル。21階の展望台から、百舌鳥古墳群を見渡すことができる。線路を挟んで反対側には、第18代天皇であり古墳群の1つを構成する、反正天皇陵(田出井山古墳)がある。

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百舌鳥古墳群の筆頭にして、クフ王のピラミッド、秦始皇帝陵に並ぶ世界三大陵墓の1つ、仁徳天皇陵古墳を望む。典型的な前方後円墳で、その大きさは、周囲3km以上、高さ35m、長さ525mにもなる。と言っても上から見ると森か小さな山にしか見えない

宮内庁の治定によれば、この古墳は第14代天皇である仁徳天皇のものであるとされており、陵(みささぎ)としての正式名称は「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ」であり、考古学名としては「大仙陵古墳」または「大仙古墳」と呼ばれている。

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堺市は近世頃から鉄砲の生産が盛んな地であり、堺市役所ビルにも当時生産された鉄砲が展示されている。

この辺り一帯は、仁徳天皇陵古墳をはじめとして、多くの古墳がある。多くは高度経済成長期の住宅開発で埋め立てられるか切り崩されるかされてしまったが、それでも40を超える古墳が残存している。

地理的には、阪和線三国ヶ丘駅から上野芝駅にかけて、いくつかの古墳が点在している。各古墳がそれぞれ離れて設置されているため、徒歩で歩き回るのは非常に辛い。また古墳を巡るバスも頻繁にあるわけではないので、もしそれぞれの古墳を回るなら、レンタサイクルを使うようにしたい。レンタサイクルは、堺東駅百舌鳥駅の付近に設置されているので、活用するようにしたい。僕は夏場に徒歩で古墳巡りをしたので大変な目にあった。

詳細はこちらのリンクを参照されたい。

sakai-c.net

以下、百舌鳥駅周辺の見どころ古墳を掲載しよう。

仁徳天皇百舌鳥耳原中陵

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日本の古墳の中でも最大規模を誇る、おそらく日本で最も有名な古墳。読み方は「にんとくてんのうもずのみみはらのなかのみささぎ」。構造は前方後円墳仁徳天皇陵と呼ばれたり、大仙古墳と呼ばれたり、何かと呼び方が安定しないのもこの古墳の特徴である。 JR阪和線百舌鳥駅から歩いてすぐ。

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反対側には大仙公園が整備されており、美しい日本庭園がある。f:id:junny-policies:20180415233235j:plain

日本庭園への入園は有料。f:id:junny-policies:20180415233257j:plain

御廟山古墳

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前方後円墳の構造を持つ中規模の古墳。埋葬者は不明。 JR阪和線百舌鳥駅から歩いて5分程度のところ、仁徳天皇陵に対して阪和線の線路を挟んで反対側にある。

履中天皇百舌鳥耳原南陵

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仁徳天皇の次代、第17代天皇であったのが履中天皇である。仁徳天皇陵と同じく前方後円墳を構成する。 仁徳天皇と比較して、歴史学上も業績が余り残っていないようだ。 それでも立派な古墳を建ててもらっているあたり、それなりの権勢を誇った天皇であったのだろう。 考古学的には「上石津ミサンザイ古墳」という。 JR阪和線の上野芝駅から歩いて5分程度。

いたすけ古墳

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古墳に掛かる橋が有名な古墳。といっても、この橋は高度経済成長時代に、土砂の採取を目的としてかけられたものであり、古墳の由来そのものとは全く関係ない。その際に住宅造成のため破壊されそうにもなったが、市民運動によって保存された。何ともロマンチックではない話である。 前方後円墳を構成するが、埋葬者は不明。

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付近には、善右衛門古墳という陪塚が残されている。 JR阪和線の上野芝駅から歩いて15分程度。

百舌鳥古墳群が「がっかりスポット」になる可能性

百舌鳥古墳群は、古代日本の貴重な歴史を物語る古墳群であるが、「がっかりスポット」と評されてしまう可能性もゼロではない。どれだけ由緒正しくとも、残念なことに、古墳というのは、地上から見上げればただの小山のようにしか見えないものである。そこに「すごさ」が伝わってこなければ、観光客を満足させることができず、SNSや旅行クチコミサイト全盛のこの時代、あっという間に「○○はつまらない」「行く価値がない」と評判が広まってしまう。

これについては、古墳群のいくつかは宮内庁管理下に置かれる天皇陵であるため、考古学的な研究や発掘が進みづらいこと、またそもそもどのような人物が埋葬されているのか不明であるものが多く、その古墳がどれだけの重みを持つのか実感しづらい、というところに問題がある気がする。仁徳天皇陵だって、(宮内庁が発掘調査に消極的なため)仁徳天皇の墳墓であると確定しているわけではない。そうした曖昧さもあって、そこに往時の権勢の背景を感じるのが難しいような気がする。その点、ピラミッドや始皇帝陵はわかりやすい。

世界遺産であるためには、それであることを実感させる「体験」が必要なのだ。

必要なのは「体験」だ

世界三大陵墓の1つ、クフ王のピラミッドは、それの由来が盗掘者の掘った穴であるとはいえ、内部に入ることができる。

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これは貴重な体験であり、その中に石室と石棺しかなかったとしても、それなりに満足できるものであるはずだ。ただピラミッドの場合は、関係者などから寄付(バクシーシ)を要求される場合があり、そのことが観光客の不興を買っている。これらは負の「体験」である。

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また始皇帝陵については、その構築物そのものは森に覆われた山であり、しかもそれに登ることは許可されていない。中国が世界に誇る世界最初の皇帝の墓を踏むことは許されないのだ。そのかわり、始皇帝の権勢を大いに実感できる兵馬俑がすぐ近くにあり、それが所在する西安市も、漢帝国以降の中国の歴代王朝のもとで首都であり続けた歴史深い都市である。それだけで十分素晴らしい「体験」である。

歴史の深さというならば、ピラミッドが4000年前、秦始皇帝陵が2200年前の建造であるのに対し、ここに限らず日本の古墳群は1600年程度の歴史しかないことを指摘しておこう。それはそれですごいけど。

百舌鳥古墳群世界遺産化は成功するか?

百舌鳥古墳群は、観光客にどのような「体験」を与えられるだろう。

百舌鳥古墳群は、住宅地の真ん中に位置しており、世界遺産下にあたっては、観光ルートの整備が必要である。周辺は細い路地が多いため、現状ではバス交通網が整備される余地はあまりなく、レンタサイクルを使って古墳巡りをするか、あるいは仁徳天皇陵などの有名どころしかアクセスせずに(できずに)帰ってしまう、ということになりかねない。正直言ってこれは、良い体験であるとはいえないだろう。

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上にも書いたが、普通に見て小山か森にしか見えないのであれば、それはきっと特別な体験にはならない。ましてや古墳というのは、流れる月日の間に森が生い茂り、それが人工物であると認識できるものでもないのだ。必要なのは旅行者にその巨大さを自覚させること、そしてそれが人間の手によって構築されたことを理解させることだ。後者についてはガイドが説明すればいい話だが、前者については長さや高さなどの数字で表されても理解できるものではない。それが理解できるのは、他の建造物と比較できた時、すなわち空中から見た時だ。それも堺市役所の展望台程度の高さではなく、セスナや観光ヘリが飛ぶような高度から古墳を見下ろした時だ。八尾空港から、そうした空中遊覧ツアーなどが今後出てくると良い。八尾空港なら古市古墳群も近いし。

世界遺産登録をされるということは、それだけの観光客を受け入れる準備をすることを意味する。世界遺産登録の推薦書を出したはいいものの、準備の部分に関しては全く整っていると思えない。今後の準備状況に期待するしかない。そうでなければ、仮に世界遺産に登録されたとて、すぐに観光客の足は遠のいてしまうに違いない。

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